関節リウマチは、自分の免疫が関節を攻撃してしまう難治性の自己免疫疾患です。
近年の薬物療法の進歩で多くの患者さんが症状コントロールや寛解を達成できるようになりましたが、それでも病気そのものを根治することは難しく、壊れてしまった関節を元通りに修復することもできません。
さらに免疫を抑える治療のため副作用のリスクや、患者によっては十分な効果が得られないケースもあり、その点が現在の課題とされています。こうした中、新たな再生医療として注目されているのが幹細胞治療です。
幹細胞治療は暴走した免疫バランスを正常化しつつ損傷組織の再生も促すという従来にないアプローチで、関節リウマチの克服に新たな希望をもたらそうとしています。
関節リウマチとは?現在の治療法と残る課題
関節リウマチ(RA)は免疫の異常によって関節に慢性的な炎症が起こる病気です。日本では人口の約1%(100人に1人)が罹患するとされ、特に女性に多く発症します。
主な症状は関節の痛み・腫れ・こわばりで、朝起きたときに手指がこわばる朝のこわばりが典型的です。炎症が続くと軟骨や骨が破壊され、関節の変形や可動域の制限を生じます。
進行した場合、指が曲がったまま伸びなくなったり、関節が変形して日常生活に支障をきたすこともあります。
こうした関節破壊による機能障害は、患者さんの生活の質(QOL)を大きく低下させ、重症例では就労が困難になったり介護が必要になるケースもあります。
現在主流の薬物療法とその成果
関節リウマチの治療法としては、これまで消炎鎮痛剤(痛み止め)やメトトレキサート(MTX)などの従来型抗リウマチ薬、さらには生物学的製剤(抗TNFα抗体やIL-6受容体阻害剤など)が用いられてきました。
1990年代以降、MTXや生物学的製剤の登場により治療成績は飛躍的に向上し、関節リウマチは「治らない病気」ではなく「治療で寛解を目指せる病気」へと変わりつつあります。
例えば、生物学的製剤インフリキシマブを1年間投与した臨床研究では約38%の患者が寛解または低疾患活動性を達成し、58%の患者で関節破壊の進行が止められたとの報告があります。
早期から適切な薬物治療を行うことで、多くの患者さんが症状の大幅な改善を得られるようになりました。
いまだ克服されていない課題
しかし一方で、現在利用できる治療薬によっても完治には至らないのが現状です。薬で炎症を抑えても自己免疫の原因そのものを根本から取り除くことは難しく、既に障害された関節を元通りに修復する治療法は存在しません。
関節破壊の進行自体は食い止められても、破壊されてしまった軟骨や骨が自然に再生することはないため、長年病気を患い関節に重度の損傷が蓄積してしまった患者さんでは、最新の薬物治療をもってしてもなお機能障害が残る場合があります。
さらに、現在主流の薬物療法は免疫の働きを抑えるため感染症など副作用のリスクを伴い、治療を継続する上での負担になります。それにもかかわらず、患者さんの20〜40%程度(報告により30〜50%)は既存の治療では十分な効果が得られないとも言われています。
このように、「免疫の暴走を止めきる」「壊れた関節を修復する」という関節リウマチ治療の課題は依然残されたままであり、これを解決する新たなアプローチが求められてきました。
POINT
- 自己免疫の異常により関節に慢性的な炎症が起こる
- 軟骨や骨の破壊が進行すると、関節機能が低下し生活の質(QOL)が損なわれる
- 従来の薬物療法では症状の寛解は目指せるが、根治は困難
- 副作用のリスクや十分な効果が得られないケースもあり、新たな治療法が求められている
再生医療の新たな可能性:幹細胞治療が注目される理由
近年、関節リウマチに対する革新的な治療法として「幹細胞治療」が注目を集めています。
幹細胞治療は、患者さん自身または提供者から採取した幹細胞を体内に投与し、その再生能力や免疫調整力を活かして病状の改善を図る治療法です。免疫の異常を穏やかに整え、損傷した組織の修復や再生を促すほか、炎症の抑制やパラクリン作用(細胞間のシグナル伝達)など、複数のメカニズムで治療効果を発揮する多機能な再生医療として注目されています。
幹細胞にはさまざまな種類がありますが、関節リウマチで特に注目されているのが間葉系幹細胞(MSC)です。MSCは、骨髄・脂肪・臍帯(へその緒)などに存在し、骨や軟骨に分化できるだけでなく、免疫の異常な働きを整える機能も備えています。
このため、単に免疫を抑えるのではなく、過剰な免疫反応を穏やかにコントロールすることで、関節リウマチの根本的な改善が期待されています。また、MSCは傷ついた軟骨や骨などの修復・再生も促すため、関節リウマチの原因(免疫異常)と結果(関節破壊)の両方に働きかけられる点が大きな特長です。
こうした特徴から、MSCは「攻め(再生)」と「守り(調整)」の両方を担う次世代の治療戦略として、世界中で研究と応用が進められています。
ウォートンジェリー由来MSCの優位性とは?
MSCは、主に脂肪組織、骨髄、臍帯(ウォートンジェリー)などから採取されます。このうち、かつて主流だった骨髄由来MSC(BM-MSC)は、採取に伴う体への負担が大きく、採取できる細胞数にも限界があるため、課題が多いとされています。
一方、出産時に自然に得られる臍帯由来MSC(WJ-MSC)は、採取に痛みやリスクが伴わない非侵襲的な方法で得られることに加え、倫理的な観点でも受け入れやすい細胞ソースとして高く評価されています。
さらに臍帯由来MSCは、骨髄由来に劣らない免疫調整力や分化能力を持つことがわかっており、細胞そのものが若くて分裂力に優れているため、高品質な細胞を安定して確保しやすいというメリットもあります。
このような特長から、臍帯由来MSCは、関節リウマチをはじめとする免疫・炎症系疾患への応用において、有力な選択肢として注目を集めています。
POINT
- 幹細胞治療は、再生能力と免疫調整作用を活かした多機能な治療法
- 間葉系幹細胞(MSC)は、自己免疫疾患である関節リウマチに対して特に有望とされている
- MSCは免疫の異常を穏やかに整えると同時に、軟骨や骨の再生を促す能力を持つ
- 臍帯由来MSCは、非侵襲的に採取できる上、細胞が若く高品質な点で臨床応用に適している
- 臍帯由来MSCは骨髄由来MSCに比べても免疫調整力・分化能に遜色なく、今後の治療選択肢として注目されている
幹細胞治療は関節リウマチにどう効くのか?~3つの作用メカニズム~
MSC(間葉系幹細胞)は、暴走した自己免疫を正常化し、強力な抗炎症作用で関節の炎症を鎮め、損傷した軟骨・骨の修復を促すという3段構えの作用で関節リウマチに効果を発揮すると考えられています。
従来の薬剤が炎症を“一時的に抑える”ことに注力していたのに対し、MSCは免疫そのものを調整し、炎症を根本から沈め、さらに組織再生まで手助けする点で画期的です。
免疫バランスの正常化
─ 暴走した免疫反応にブレーキ
関節リウマチでは、本来身体を守るはずの免疫が誤作動を起こし、自らの関節を攻撃してしまいます。MSCにはこの「免疫の暴走」を穏やかに鎮め、バランスを整える作用があります。
具体的には、炎症を引き起こすT細胞(Th17細胞やTh1細胞など)の過剰な活性を抑え、逆に免疫を抑制する制御性T細胞(Treg細胞)の働きを高めることが知られています。
さらに、抗体を産生するB細胞にも作用し、関節リウマチの原因となる「自己抗体」の産生を減少させる効果も報告されています。
このようにMSCは、暴走状態にある免疫系を落ち着かせ、正常な状態に戻す“調整役”として働きます。ブレーキの壊れた暴走車に対して、MSCがブレーキをかけてスピードを戻してくれる──そんなイメージです。
強力な抗炎症作用
─ サイトカインによる炎症鎮静
MSCは、サイトカインや成長因子といった有効物質を分泌することで、炎症を鎮める作用も持っています。これらの分泌物は「セクレトーム」と総称され、関節内の過剰な免疫反応に直接働きかけます。
たとえば、MSCが分泌するインターロイキン10(IL-10)やプロスタグランジンE2(PGE2)、TGF-βなどは、炎症を促すサイトカインの産生を抑え、関節で続いている炎症の連鎖を断ち切ります。
このような働きは「パラクリン効果(傍分泌作用)」と呼ばれ、MSC治療の重要なメカニズムのひとつです。
簡単に言えば、MSCは“消火剤”のように炎症という火事を鎮める役割を担っており、これにより関節の痛みや腫れの軽減が期待されています。
組織修復の促進
─ 傷んだ軟骨・骨の再生を助ける
MSCには、傷ついた関節組織の修復や再生を促す働きがあります。必要に応じて、MSC自体が軟骨細胞や骨芽細胞などに分化したり、周囲の細胞の再生を助ける成長因子を分泌したりすることで、関節の構造的な回復をサポートします。
関節リウマチでは、炎症によって軟骨や骨が破壊されますが、MSCはそれらの再生を助ける可能性があります。
実際、臍帯由来MSCを軟骨形成に適した条件下で培養した研究では、関節軟骨の主要成分であるコラーゲンやプロテオグリカンを豊富に産生し、成熟した軟骨細胞へ分化する能力が確認されています。
さらに、骨の形成を促す因子も分泌するため、骨欠損の修復にも役立つと期待されています。言い換えれば、MSCは壊れてしまった関節組織の修復を手助けする役割も担えるのです。
以上のように、MSCは免疫の異常を正し(原因へのアプローチ)、炎症を抑え、組織を再生する(結果へのアプローチ)という多面的な働きにより、関節リウマチの病態そのものに包括的に作用します。
この特性ゆえに、従来の治療では実現できなかった「関節リウマチの根本治療」への道を開くものとして期待されているのです。
POINT
- MSCは、過剰な免疫反応を整え、自己免疫による関節破壊を抑える
- 抗炎症物質を分泌し、関節内の炎症を根本から鎮める
- 軟骨や骨の再生を助ける因子を出し、組織修復にも寄与する
- 原因(免疫異常)と結果(組織破壊)の両方に働きかけるのが特徴
リウマチの専門家・
からだ回復センター千葉の板倉先生
リウマチに関する知識と経験が豊富で、YouTubeでも数多くの発信を行っている板倉先生が、23Cでの幹細胞治療ご協力くださっています。
日頃から多くの方に信頼されており、非常に心強いパートナーです。
難治性RAに対する臨床試験が示すMSC治療の期待される治療効果
これまでの薬が効きにくい関節リウマチ(RA)の患者さんに対しても、幹細胞治療(MSC)は安全性が高く、症状の改善や炎症の抑制に効果が期待できることが、国内外の臨床試験で報告されています。
従来の治療法では十分に効果が得られなかったケースでも、MSCによる治療で関節の腫れや痛みが軽減し、病気の進行が抑えられた例が確認されています。
MSCによるプラセボ対照試験
薬が効きにくい関節リウマチ患者53人を対象に、MSC治療の効果を検証する試験が行われました。MSCを受けたグループでは、関節の炎症や痛みが軽減し、副作用も特に報告されていません。
治療後3か月の時点で病気の活動性が大きく下がった人の割合も多く、効果の有無を確認する「初期検証段階」の試験として高く評価されています。
MSCの大規模臨床試験
172人を対象にした大規模な臨床試験でも、関節の状態や炎症マーカー(CRPや赤沈など)が改善し、安全性にも問題はありませんでした。
特に、1回の投与で良好な状態が8か月から最長3年間にわたって維持された例も報告されており、持続的な効果が期待されています。
初期リウマチ患者へのMSC治療試験
発症初期の関節リウマチ患者にMSC治療を行った試験では、安全性が確認されただけでなく、病気の進行が抑えられる傾向が見られました。
関節が破壊される前の段階で治療を導入することで、予防的な効果にも期待が寄せられています。
これらの臨床試験では、MSCを使った幹細胞治療が「薬が効きにくい関節リウマチ」に対しても新しい希望になり得ることが示されています。
関節の炎症が改善したり、痛みがやわらいだり、病気の進行が止まったりすることで、患者さんの日常生活がより快適に送れるようになったという報告もあります。副作用がほとんど見られないという点も、多くの患者さんにとって大きな安心材料です。
今後は、誰にどのタイミングで投与するのが最も効果的かといった点がさらに研究され、より多くの人にとって受けやすく、安全で実用的な治療法として広がっていくことが期待されています。
POINT
- MSC治療は従来の薬が効きにくい関節リウマチ患者にも一定の効果を示している
- プラセボ対照試験や大規模試験で、関節の炎症や痛み、病気の活動性の改善が報告されている
- 発症初期の治療では、病気の進行抑制や関節破壊の予防にも期待が持たれている
幹細胞治療の安全性:気になる副作用リスクは?
関節リウマチに対する幹細胞治療(MSC療法)は、国内外で行われた複数の臨床試験において、重大な副作用の報告がほとんどなく、安全性の高い治療法と考えられています。
世界中の複数の研究を統合して分析するメタ解析でも、MSC治療群と対照群で有害事象の発生率に有意な差は認められず、従来治療に比べて特別にリスクが高まることはないと結論づけられています。
さらに、通常よりはるかに多い8億個のMSCを一度に投与した臨床試験でも、重篤な副作用は見られず、非常に広い投与量の範囲で安全に使用できる可能性が示唆されています。
MSCが安全とされる理由
MSCの安全性の高さは、その生物学的特性に由来しています。MSCは、細胞表面にあるHLA抗原(ヒト白血球抗原)の発現が低いため、たとえ他人由来の細胞であっても、体内で免疫に認識されにくく、拒絶反応が起こりにくいとされています。
この特性により、患者自身の細胞に限らず、健康なドナーから提供されたMSCであっても、安全に治療へ応用することが可能です。
また、胚性幹細胞(ES細胞)のように異常に増殖して腫瘍(奇形腫)を形成するリスクがないことも、MSCの大きな利点です。過去の動物実験でも、大量のMSCを長期的に移植しても腫瘍の形成や深刻な毒性は確認されていません。
もちろん、幹細胞治療には品質管理や感染症検査といった厳格な安全対策が前提となりますが、少なくとも細胞そのものの性質として高い安全性が備わっていることは、再生医療にとって大きな強みです。
「新しい治療だから不安」という声もありますが、これまでの知見から、関節リウマチに対するMSC療法は安全性の面でも十分に信頼できる治療選択肢と言えるでしょう。
POINT
- 関節リウマチに対するMSC治療は、臨床試験で重大な副作用がほとんど報告されていない
- プラセボとの比較試験でも安全性に差は見られず、軽微な副反応にとどまっている
- メタ解析でも従来治療と比べて特別なリスクは認められていない
- MSCはHLA抗原の発現が少なく、免疫に認識されにくいため拒絶反応が起こりにくい
- 腫瘍形成のリスクがないことも含め、細胞自体の安全性が高いことが特長
最後に:関節リウマチ治療に広がる再生医療の未来
関節リウマチに対する幹細胞治療は、これまでの治療では十分に対処しきれなかった課題を克服しうる新たな希望の治療法です。免疫の暴走を鎮めつつ損なわれた関節組織の修復を促すという独自の作用メカニズムにより、単なる症状の緩和だけでなく病気そのものを根本から改善できる可能性があります。
将来的には幹細胞治療がより身近で実用的な医療となり、関節リウマチで苦しむ多くの患者さんの生活の質が大きく向上することが望まれます。私たち23C JAPANは、この先も研究の進展と共に幹細胞治療が普及し、関節リウマチに対する新たな治療の選択肢として確立される日が来ることを心から願っています。
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