全身性エリテマトーデスへの幹細胞治療について

全身性エリテマトーデスへの幹細胞治療について

全身性エリテマトーデス(SLE)は自己免疫の暴走によって自分の体を攻撃してしまう難治性の病気です。

現在の治療法では症状をある程度コントロールできますが、完治させることは難しく、患者さんやご家族にとって大きな負担となっています。

本記事では、SLE治療の新たな選択肢として注目される「幹細胞治療」について、その可能性と仕組み、効果のエビデンス、安全性などをわかりやすく解説します。

全身性エリテマトーデスと現在の治療の課題

SLEは全身の臓器に炎症を起こす自己免疫疾患であり、病状は寛解(おさまっている状態)と再燃(悪化)の波を繰り返します。現行の主な治療はステロイドや免疫抑制剤の投与ですが、残念ながら半数以上の患者さんで再燃を完全に防ぎきれないのが現状です。

また、病状を抑え込むためにどうしても薬剤の量が増えると、重い感染症などの副作用のリスクも高まってしまいます。長期のステロイド使用による副作用(例:骨粗しょう症、糖尿病、感染症悪化)は患者さんの生活の質(QOL)に大きな影響を及ぼします。

さらに、SLEに対して近年新しく登場した生物学的製剤は過去数十年で米国FDAに承認されたものは1種類のみ(ベリムマブ)という状況で、しかもこのお薬もすべての患者さんに十分効果を発揮できるわけではありません。

このように、SLEの現在の治療には効果や副作用の面で課題が残っており、患者さんにとってより安全で根本的な新しい治療法が待ち望まれています。

全身性エリテマトーデスに対する幹細胞治療と再生医療の新たな可能性

従来の薬物療法が症状を「抑える」ことに主眼を置くのに対し、再生医療による幹細胞治療は体の機能そのものを修復・正常化することを目指す新しいアプローチです。

SLEのような自己免疫疾患では、体の防御システムである免疫が誤作動して自分自身を攻撃してしまいますが、幹細胞治療にはその異常な免疫反応をリセットし、正常な状態に導く可能性があります。

特に間葉系幹細胞(MSC)と呼ばれる種類の幹細胞が注目されており、世界中で研究・臨床試験が進められています。MSCは骨髄や脂肪組織、臍帯(へその緒)などから採取でき、患者さん自身の細胞(自家由来)を使う方法と、提供者からいただいた細胞(同種由来)を使う方法があります。

中でも、臍帯に含まれる「ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)」は特に有望だと考えられています。ウォートンジェリーとは出産時に得られるへその緒の中のゼラチン状の組織です。

この部分から採取されるMSCは、骨髄由来のMSCに比べて免疫による拒絶反応を起こしにくく、増殖能力が高いことが報告されています。そのため、少ない負担で大量の幹細胞を確保でき、患者さんへの投与に適していると期待されています。

幹細胞治療は、これまで効果が十分でなかった難治性SLE(既存治療に反応しにくいケース)に対して新たな希望をもたらす再生医療の最先端と言えるでしょう。

ウォートンジェリー幹細胞について
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全身性エリテマトーデスに対する幹細胞治療の作用メカニズム

幹細胞治療がSLEにどのように働くのか、そのメカニズムをイメージしやすいように説明します。

SLEでは本来は体を守るはずの免疫が必要以上に活発になりすぎ、いわば「暴走した免疫」の状態です。間葉系幹細胞(MSC)は、この暴走した免疫にブレーキをかける役割を果たすと考えられています。

例えばMSCは体内で以下のような働きをします。

免疫の調整(リセット)作用:

MSCは異常に活発化した免疫システムを落ち着かせ、バランスを取り戻すよう働きかけます。いわば免疫の司令塔に働きかけて「攻撃目標は自分ではない」と教え直すようなイメージです。

具体的には、過剰な自己反応を抑える制御性T細胞を増やし、自己抗体を産生するB細胞の暴走を抑制するなど、免疫の暴走に歯止めをかける役割を担います。

抗炎症・組織修復作用:

MSCはサイトカインという生理活性物質や微小な分泌小胞など多数の有効物質(「セクレトーム」と総称されます)を放出します。これらの物質は全身に働いて炎症を鎮め、傷ついた組織の修復を促進します。

例えば炎症を引き起こす物質を減らし、逆に組織の修復・再生を助ける成長因子を供給することで、傷んだ臓器の治癒力を高めると期待されています。

臓器機能の保護:

SLEではしばしば腎臓や肺など重要な臓器がダメージを受けますが、MSCはそうした臓器への攻撃を和らげ、損傷を食い止める作用が示唆されています。

実際、動物モデルや初期の研究では、MSC投与によって腎臓の機能指標が改善し、臓器の組織学的な損傷が軽減されたとの報告もあります。

このように幹細胞治療は、多方面からSLEの病態に働きかける総合的な「癒し」と「制御」のアプローチと言えます。簡単に言えば、暴走する免疫にブレーキをかけると同時に、傷ついたところの修理も手伝ってくれる治療方法なのです。

現在も研究が進み、より詳しい仕組みの解明が試みられていますが、患者さんにとっては「体質そのものを改善し、病気の根本にアプローチする治療」として大きな期待が寄せられています。

全身性エリテマトーデスに対する幹細胞治療の有効性のエビデンス

幹細胞治療が実際どの程度効果があるのか、気になるところだと思います。これまでに世界各国で少人数の臨床研究や患者シリーズ報告が行われており、その多くで有望な結果が報告されています。

以下にいくつかのエビデンスをご紹介します。

難治性SLE患者15名への臍帯由来MSC移植試験(中国):

活動性が高く従来治療で効果不十分なSLE患者15名に、他家由来(提供者の)臍帯MSCを点滴投与した研究があります。その結果、投与後約1年以内に全員で疾患活動性が大きく改善し、腎機能などの臓器障害指標も減少しました。

さらに注目すべきは重篤な副作用が一例も報告されなかった点です。治療開始1年後に一部の患者さんで腎機能悪化(タンパク尿)の再発が見られたものの、大半の患者さんは寛解状態を維持できました。

MSC療法の長期追跡結果(6年間):

上記と一部重なる患者群のその後を6年間追跡した報告では、患者さん全員が治療を良好に耐え、長期的にもがん発症や重篤な感染症のリスク増加は認められませんでした。

治療によって病気の活動性指標(SLEDAIスコア)が持続的に低下し、自己抗体の減少や腎機能の改善が維持されたことが報告されています。長期にわたり安全かつ有効性が維持されたというこの知見は、幹細胞治療への信頼性を高める重要なエビデンスです。

米国での第I相臨床試験(LFA支援):

米国ループス財団(Lupus Foundation of America, LFA)と国立衛生研究所(NIH)の支援により行われた臍帯由来MSCの第I相臨床試験でも、有望な結果が得られています。

この試験では、従来治療で効果が得られなかった難治性SLE患者6名中5名で、MSC投与後に病気の活動性が明らかに低下し、効果が1年間持続しました。副次的な効果として、ステロイド剤の減量にも成功しています(6名中5名がステロイドを10mg/日以下に減量維持)。

そして安全性において重大な問題は認められず、一部の患者さんに一過性の吐き気やほてりといった症状が見られたのみでした。この結果を受け、現在さらに多くの患者さんを対象とした第II相試験が進行中です。

これらの研究以外にも、世界中からMSCを用いた報告が相次いでおり、「MSC療法は従来の治療に反応しないSLEに対して有効となりうる有望な治療法」との評価が専門家からなされています。

もちろん、まだ臨床試験の段階であり確立された治療とまでは言えませんが、現在得られているエビデンスは幹細胞治療の有効性を強く示唆するものです。

特に腎臓病変の改善やステロイド減量効果など、患者さんの長期予後に直結する有益な所見が報告されていることは見逃せません。

全身性エリテマトーデスに対する幹細胞治療の安全性と副作用

新しい治療を考える上で、「安全性」は患者さん・ご家族にとって大きな関心事です。

幹細胞治療はまだ保険診療として確立されたものではないため不安に思われるかもしれませんが、これまでの臨床研究の蓄積から比較的安全性の高い治療であると報告されています。

上述したとおり、臨床試験では深刻な副作用や合併症がほとんど報告されていません。

たとえば米国での試験では軽い吐き気やほてりといった一時的な症状のみで済み、中国での研究でも長期にわたってがんの発生や重篤な感染症リスクの増加は認められないという安心できるデータが得られています。幹細胞自体も、患者さんの自己細胞を利用する場合は拒絶反応の心配がなく、他家由来の細胞であってもMSCは免疫を積極的に抑える性質があるため拒絶されにくいことが知られています。

加えて、臍帯由来MSCのように出産時の副産物から採取される幹細胞を用いる場合、ドナー(提供者)への侵襲もなく倫理的なハードルも低いという利点があります。こうした理由から、現在行われている限りの臨床研究では幹細胞治療の安全性について大きな問題は報告されておらず、患者さんに安心して臨んでいただける治療となる可能性が高まっています。

おわりに

全身性エリテマトーデス(SLE)に対する幹細胞治療は、現在進行中の再生医療研究の中でも特に注目度の高い領域です。

従来の治療ではコントロールしきれなかった難治性のケースに光を当て、患者さんの体質そのものに働きかけることで根本的な改善を目指すこのアプローチは、多くの臨床試験や研究によって支えられています。

もちろん、現時点では一部の先進的な臨床研究として提供されている段階であり、誰もがすぐに受けられる標準治療というわけではありません。しかし、今まさに世界中の専門家たちが知見を集積し、安全で効果的な治療として確立される日も遠くないと期待されています。

SLEに苦しむ患者さんやご家族にとって、「幹細胞治療」という新たな選択肢の存在は大きな希望となるでしょう。未来の医療では、身体の中の“修理工”である幹細胞たちが病気で傷ついた部分を直し、暴走していた免疫を正常に導いてくれる――そんな治療が当たり前になる日が来るかもしれません。

私たちはその日を目指して一歩ずつ前進しており、幹細胞治療という希望の扉は着実に開かれつつあります。

患者さんが安心してその恩恵を受けられるようになる未来に向けて、医療者・研究者一同、全力で取り組んでいます。どうか前向きな気持ちで、今後の進展を見守っていてください。

必要な情報や選択肢については、主治医ともよく相談しながら、希望を持って治療に臨んでいただければと思います。