外傷性脳損傷(TBI)とは、交通事故や転倒などで頭部に強い衝撃が加わり、脳組織が傷つくことで起こる障害です。
重度の場合、意識不明や記憶喪失、半身マヒや言語障害など深刻な症状を引き起こし、生涯にわたって後遺症が残ることも珍しくありません。
現在、TBIの患者さんやご家族は急性期の救命措置やリハビリによる機能回復に取り組んでいますが、「壊れてしまった脳細胞は元に戻らない」という課題に直面します。
実際、死んだり破壊された脳の細胞が新しく生まれ変わるという科学的証拠はなく、残った脳の部分がなんとか機能を代替しようとするものの、運動・思考・言語能力に問題が残ったり、人格の変化やうつ症状などの後遺症が出るケースが多いのが現状です。
こうした後遺症は生活の質(QOL)を大きく低下させ、ご本人やご家族の負担となっています。
外傷性脳損傷(TBI)と現在の治療の課題
TBIに対する現在の標準的な治療は、主に急性期の救急処置とリハビリテーションです。
例えば、受傷直後には血腫の除去や脳圧のコントロールといった外科的・集中治療が行われ、その後は理学療法や作業療法などによって残存する機能の最大限の活用・向上を図ります。
しかし、脳組織が一度深刻なダメージを受けてしまうと、薬物療法やリハビリだけで完全に元通りに治すことは難しいのが現実です。脳は「治りにくい臓器」であり、損傷箇所の神経細胞そのものを再生させる治療法はこれまで存在しませんでした。
このため、多くの患者さんがリハビリによってある程度の改善は得られても、麻痺や記憶障害など何らかの後遺症を抱え続けることになります。
現在の治療の課題は、こうした「失われた脳細胞をいかに補うか」という点にあります。
患者さん・ご家族にとって、根本的に脳を修復する新たな治療が切望されている状況です。
外傷性脳損傷(TBI)に対する幹細胞治療と再生医療の新たな可能性
そこで近年注目されているのが、幹細胞治療による再生医療です。
幹細胞治療とは、私たちの体に元々備わっている「さまざまな細胞のもとになる細胞(幹細胞)」を活用し、損傷した組織の修復や再生を促す先端医療です。従来は治せなかった脳のダメージに対しても、幹細胞の力で体が本来持つ“治る力”を引き出し、失われた神経細胞の再生や機能回復を目指すことができます。
実際、世界中でTBIに対する幹細胞治療の研究・臨床試験が活発に行われており、新たな再生医療製品が次々と開発されています。
例えば、損傷した脳組織に幹細胞を移植し、従来は別の脳領域が肩代わりしていた機能を「失われた細胞そのものを再生させる」ことで回復させようという試みが進んでいます。このような再生医療の新たな可能性により、将来的には外傷後の重い後遺症が残るケースを減らせると期待されています。
特に近年脚光を浴びているのが、ウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)と呼ばれるタイプの幹細胞です。ウォートンジェリーとは出産時に得られる臍帯(へその緒)内のゼラチン質で、ここに含まれる幹細胞は若く活力があり、再生能力が非常に高いことが知られています。
多様な細胞に分化できる能力や増殖能力に優れている上、倫理的な問題が少なく免疫適合性も高いため、他人由来でも拒絶反応のリスクがほとんどない安全な幹細胞とされています。
世界的にも再生医療研究の中心となっている「最もポテンシャルの高い幹細胞」であり、多くの臨床試験で驚くべき効果が報告されています。当院でも治療にこのウォートンジェリー由来幹細胞を採用しており、細胞の持つ最大限の力でより高い治療効果を目指しています。
幹細胞治療という新しい選択肢は、TBIで苦しむ患者さんにとって脳を修復する希望の光になりつつあるのです。
外傷性脳損傷(TBI)に対する幹細胞治療の作用メカニズム
では、幹細胞治療によってなぜ脳が良くなる可能性があるのか、その作用メカニズムをわかりやすく説明します。ポイントは幹細胞が持つ「再生能力」と「調整役」としての働きです。
損傷部位での組織再生:
移植された幹細胞は、いわば「脳の修理屋さん」として働きます。幹細胞は必要に応じて神経細胞や血管の細胞などに分化し、新しい細胞を生み出して壊れた組織の穴埋めを行います。
例えば、道路にできた穴(損傷)を修復する工事チームをイメージしてください。幹細胞はその工事における作業員のようなもので、新しいアスファルト(細胞)を次々と生み出し、穴ぼこだらけだった道路(脳回路)をなめらかに舗装し直してくれるのです。
これにより、本来なら再生しないはずの脳組織が修復され、機能回復につながる可能性があります。
周囲の細胞を活性化:
幹細胞は自らが変化して新しい細胞になるだけでなく、周囲の細胞に「一緒にがんばって修復しよう!」とシグナルを送る指揮者のような役割も果たします。
実際、幹細胞から放出されるサイトカインや成長因子などの物質は、周囲の神経細胞の生存を促進したり、脳内に元々いる神経幹細胞の働きを活発にしたりすると報告されています。
これをたとえるなら、幹細胞が「壊れた街に派遣された再建チームのリーダー」となり、周囲の住民(残存している細胞)にも働きかけて町全体の復興(脳全体の機能改善)を後押しするイメージです。
過剰な炎症の抑制(免疫調整作用):
TBIでは、ケガの直後から体の免疫システムが活性化し、炎症反応が起こります。適度な炎症は損傷箇所の処理に必要ですが、行き過ぎた炎症はかえって脳細胞を傷つける「二次被害」をもたらします。
ここで幹細胞は、暴走した免疫にブレーキをかけるストッパー役を果たします。
ウォートンジェリー由来MSCの場合、炎症を引き起こす物質(サイトカイン)を抑制し、腫れや組織ダメージを和らげる顕著な抗炎症効果があることが確認されています。
簡単に言うと、必要以上に燃え広がっている炎症の火事に対し、幹細胞が消火剤をまいて鎮火してくれるイメージです。これにより脳内の環境が落ち着き、治癒に適した状態が整えられます。
さらに幹細胞には免疫の働きを適切にコントロールする力もあり、異物とみなされて攻撃されるのを防ぐ作用も持っています。このおかげで移植された幹細胞自体も生着しやすく、安心して治療に利用できるのです。
以上のように、幹細胞治療は壊れた脳に対して多角的に作用します。
損傷部位の修復、新しい細胞の供給、周囲への修復シグナルの放出、そして過剰な炎症の抑制といった働きによって、従来は諦めるしかなかった脳機能の改善を可能にするのです。
まさに「幹細胞=体内の修理と調整のスペシャリスト」と言えるでしょう。
外傷性脳損傷(TBI)に対する幹細胞治療の有効性のエビデンス
幹細胞治療によるTBI改善の可能性は理論上期待できますが、「本当に効果があるの?」という点は患者さんにとって非常に重要です。
ここでは、近年報告されている有効性のエビデンス(臨床研究結果)について紹介します。
慢性期TBI患者への臨床試験(SB623)の成果:
日本企業サンバイオ社が開発中の幹細胞医薬品「SB623」を用いた国際臨床試験では、外傷後半年~数年経過した慢性期TBI患者さんの運動機能が有意に改善しました。
この試験では、脳内に幹細胞を移植したグループの39.1%が、麻痺した手足の運動機能スコア(FMMS)で臨床的に意味のある大幅改善(+10点以上)を達成し、対照グループの6.7%を大きく上回りました。
専門家は「本試験結果は大変画期的で、損傷を受けた脳が再生する可能性を示唆している」とコメントしており、従来は回復が難しいと考えられていた慢性期の脳にも再生医療が有効であることを示すエビデンスとして世界的に注目されています。
この試験では改善効果が一時的なものではなく、1年後のフォローアップでも有意な回復が維持されたことが報告されています。つまり、幹細胞治療によって得られた運動機能の向上は少なくとも一年以上持続し、日常生活動作の自立度向上にも寄与したのです。
患者さんやご家族にとって、「時間が経ってからでも脳機能が良くなる可能性がある」という事実は大きな希望となるでしょう。
その他の臨床研究から得られた知見:
上記の他にも、世界各地で行われた種々の臨床研究が幹細胞治療の有望な結果を示しています。
例えば、中国で行われた研究では、外傷性脳損傷患者20名に対し臍帯由来の幹細胞(WJ-MSCと同様に新生児由来の幹細胞)を脳脊髄液中に4回投与したところ、6か月後に四肢の運動機能や感覚、バランス能力が有意に向上し、排泄や移動、コミュニケーション能力など日常生活の質が明らかに改善しました。
一方、幹細胞を投与しなかった対照群ではこのような改善は見られず、両群間で明確な差がついたとのことです。
また、別の小規模試験では、患者7名に自己由来の骨髄幹細胞を損傷部位に移植したところ、参加者全員で神経学的な機能改善が認められ、重篤な副作用も報告されませんでした。
さらに97名を対象とした比較的大規模な研究では、外傷後1~3か月の患者に自己由来幹細胞を1回投与した結果、2週間後の評価で約4割の患者に神経学的改善が見られたとの報告があります。
このように複数の研究で機能回復が確認されており、安全性も概ね良好です。
もちろん研究ごとに規模やデザインが異なるため効果の程度にばらつきはありますが、少なくとも「幹細胞治療を受けたことで状態が悪化した」という報告はなく、むしろ一定の改善が示されています。
さらに、ウォートンジェリー由来MSCに関しては世界中で驚くべき効果が実証され続けているとも言われており、今後TBIのみならず様々な脳神経疾患への応用が期待されています。
以上のエビデンスから、TBIに対する幹細胞治療は「効果が出る可能性が十分にある希望の治療」と言えるでしょう。
外傷性脳損傷(TBI)に対する幹細胞治療の安全性と副作用
新しい治療法を検討する際、患者さんやご家族が気にされるのは安全性ではないでしょうか。
幹細胞治療は体に直接細胞を入れる治療だけに、「副作用は大丈夫?」「拒絶反応などは起きない?」と不安に思うかもしれません。この点については、多くの臨床研究が幹細胞治療の安全性の高さを報告しています。
まず、幹細胞自体の特性として、特にウォートンジェリー由来の間葉系幹細胞は免疫原性が低く拒絶反応のリスクがほとんどありません。他人から提供された細胞であっても患者さんの体内で異物と認識されにくく、攻撃されない特性を持つためです。
通常、臓器移植では拒絶反応を防ぐために強い免疫抑制剤が必要ですが、ウォートンジェリーMSCの場合はそうした負担が少なくて済む点で安全性に優れています。
次に、副作用に関しても大規模な臨床試験で良好な結果が得られています。先述のSB623の試験では、新たな安全性上の懸念は認められず、最も多くみられた有害事象は頭痛でした。
この頭痛も一過性(術後7日以内)で、幹細胞を投与しなかったグループとの差も統計的に有意ではなかったと報告されています。
つまり、通常の外科的処置と比べて特別に問題となる副作用は確認されていません。実際、複数の臨床試験で深刻な有害事象(重大な副作用)は報告されておらず、安全に施行できていることが示されています。
患者さんによっては、点滴や脊髄液への投与後に一時的な発熱や頭痛、注射部位の痛みなどを感じる場合があります。しかしこれらは体が治療に反応しているサインであり、多くは数日以内に収まる軽微な症状です。
幹細胞治療は医療機関の厳格な管理のもとで行われ、事前に細胞の品質検査や感染症検査も徹底されています。また、治療後も経過観察が行われるため、万一体調の変化があっても迅速に対応できる体制が整っています。
総合的に見て、幹細胞治療の安全性は非常に高く、副作用リスクも低いと言えます。そのため安心して治療に臨んでいただけるでしょう。
おわりに
外傷性脳損傷(TBI)はこれまで、時間が経ってしまった後遺症に対しては「治す方法がない」と考えられてきました。
しかし、幹細胞治療という再生医療の進歩によって、脳に再び回復のチャンスが生まれつつあります。幹細胞は傷ついた脳に寄り添い、炎症を鎮め、必要な細胞を補い、周囲と協調して修復を進める――まさに体内のスペシャリストです。
その力は少し魔法のようでもあり、実際に臨床研究で「魔法のような改善」が報告されているケースもあります。
とはいえ、幹細胞治療は決して魔法ではなく、科学に基づいた最先端の医療です。現在も世界中で研究が進められ、技術も日々進歩しています。
日本ではまだ保険適用外の自由診療分野ですが、海外で先行して実績を積んだ治療法を国内から受けられる環境も整いつつあります。
もし、TBIの後遺症でお悩みの方やご家族がいらっしゃいましたら、ぜひ一度当院への相談を検討してみてください。
当院ではウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)を用いた先端的な治療を提供しており、患者さん一人ひとりの状況に合わせた最適なプランをご提案いたします。
あきらめずに新たな可能性に目を向けてみませんか? 幹細胞治療は、患者さんの未来に笑顔を取り戻すための力強い味方になるかもしれません。