脳卒中後遺症への幹細胞治療について

脳卒中後遺症への幹細胞治療について

脳卒中を経験された方やそのご家族にとって、後遺症による片麻痺や歩行障害などは日々の生活で大きな負担となります。

しかし近年、このような脳卒中後遺症に対して、新たな「再生医療」のアプローチである幹細胞治療が希望の光として注目を集めています。

特に、胎盤やへその緒に含まれるウォートンジェリー由来の幹細胞(WJ-MSC)を用いた治療では、有望な回復の報告が増えつつあります。

脳卒中後遺症と現在の治療の課題

脳卒中(脳梗塞や脳出血)を発症すると、後遺症として片側の手足が麻痺して動かしにくくなったり、言葉が思うように出なくなったりする症状がよく見られます。

現代の医学では、脳卒中直後の急性期治療として、血栓を溶かす薬(血栓溶解療法)やカテーテルによる血管内治療が発達し、多くの命が救われるようになりました。

しかし、一度損傷した脳の神経細胞や組織を根本的に修復する治療法はまだ確立されていないのが現状です。

そのため、麻痺などの後遺症が長く残ってしまい、リハビリテーションを行っても時間が経つと回復が頭打ちになることも少なくありません。

実際、多くの患者さんが麻痺や言語障害を抱えたまま長期間にわたり介護を必要とし、ご本人やご家族にとって大きな負担となっています。

このように脳卒中後の障害を十分に改善できないことが大きな課題となっており、新しい治療法への期待が高まっています。

脳卒中後遺症に対する幹細胞治療と再生医療の新たな可能性

脳卒中後遺症の克服に向けて注目されているのが再生医療の一分野である「幹細胞治療」です。

再生医療とは、簡単に言えば体の中で壊れてしまった組織や臓器を再び作り直すことを目指す医療です。

幹細胞治療はその代表的な方法で、患者さんご自身の細胞(自家由来)や他のドナーから提供された細胞(他家由来)を体内に入れることで、失われた組織の機能回復を図ります。

幹細胞は様々な組織に成長(分化)できる能力を持ち、骨髄・脂肪組織から出生時に得られる胎盤や臍帯(へその緒)まで多様な由来の細胞が研究されています。

その中でも近年特に注目されているのが、へその緒の中にある「ウォートンジェリー」というゼリー状の組織から採取される間葉系幹細胞(WJ-MSC)です。

ウォートンジェリー由来の幹細胞は、出産時に得られる臍帯由来の細胞で採取が容易であり、さらに他人に移植しても拒絶反応が起こりにくいという特長を持ちます。

この幹細胞は、たとえるなら赤ちゃんがお腹の中でお母さんの免疫から守られるための「バリア」を持った細胞で、その性質のおかげで別の人に移植しても免疫に攻撃されにくい(拒絶されにくい)のです。

こうした優れた特性を持つWJ-MSCを用いることで、患者さん自身の細胞を採取する手間や負担をかけずに治療を行える点もメリットです。

幹細胞を用いた脳卒中後遺症治療の研究は世界中で進められており、従来の治療では得られなかったような神経機能の回復が患者さんにもたらされる可能性が出てきました。

例えば、点滴による静脈内投与や腰の骨から針を刺して髄液腔に入れる方法(髄腔内投与)で幹細胞を体内に届け、損傷した脳を修復しようとする試みが行われています。

従来のリハビリテーション療法が「残った機能で何とか補う」アプローチだとすれば、幹細胞治療は「傷ついた部分そのものを治す」ことを目指すアプローチと言えるでしょう。

画期的なこの再生医療は、脳卒中後遺症に苦しむ患者さんとご家族にとって、新たな可能性を切り拓きつつあります。

ウォートンジェリー幹細胞について
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脳卒中後遺症に対する幹細胞治療の作用メカニズム

では、幹細胞を体に入れると具体的にどのように脳の障害を改善してくれるのでしょうか? 幹細胞治療が効果を発揮する仕組みは、一言で言えば「傷ついた脳に眠っている自己治癒力を呼び覚ます」ことです。

投与された幹細胞自体が必要な細胞(例えば神経細胞など)に成長して置き換わる作用もありますが、それ以上に重要なのは幹細胞が分泌する数多くの「回復を促す物質」です。

イメージとして脳を庭に例えてみてください。

脳卒中という「嵐」で荒れてしまった庭には雑草(有害な炎症)が生い茂り、肝心の作物(神経細胞)が育たない状態です。

そこに幹細胞という庭師がやってきて、雑草を取り除き(土壌環境の改善)、肥料(成長因子)をまいて新たな芽(新しい神経細胞や血管)が出るのを助けてくれるのです。

幹細胞治療によって期待できる主な作用は次の通りです。

炎症を抑え、治癒環境を整える:

幹細胞は損傷部位に集まって過剰な炎症反応を鎮め、免疫バランスを調整する物質を出します。いわば傷ついた脳の「炎症の火事」を鎮火し、治癒に適した環境(土壌)を整える働きです。

これにより二次的な神経細胞の損傷が抑えられ、回復の下地が作られます。

新しい血管や神経細胞の再生を促す:

幹細胞が分泌する成長因子やサイトカインは、血管新生(新しい毛細血管を作る)や神経再生を強力に後押しします。

例えば、幹細胞から放出される脳由来神経栄養因子(BDNF)や肝細胞増殖因子(HGF)は、傷ついた神経細胞を保護し、新たな神経の芽を育てる効果が確認されています。

これにより、ダメージを受けた脳に血液や栄養を再供給し、神経細胞そのものの生存・成長を促進します。

脳内ネットワークの再編成を助ける:

幹細胞治療によって、脳内で途切れてしまった神経回路の再接続(リモデリング)が促進されることも期待されています。

実際、動物実験では幹細胞により神経細胞同士の新しい連絡(シナプス結合)が増えることが報告されています。これはちょうど、迂回路を作ってでも信号の通り道を再構築するようなイメージです。

その結果、麻痺した手足を別の経路で動かせるようになるなど、残存する脳の部分が新たな役割を担って機能を補うことが可能になります。

失われた細胞を補充する:

ごく一部ではありますが、投与された幹細胞が神経細胞そのものや血管の細胞に分化して置き換わる可能性も指摘されています。つまり、直接壊れた部分の細胞そのものを補充する働きです。

ただし、現在わかっている範囲では、幹細胞そのものが脳内に長く留まって働き続けるというより、幹細胞が放出する物質(いわゆるセクレトーム)による効果の方が主要であると考えられています。

実際、動物実験では移植した幹細胞が時間とともに体内から消えてしまっても、その間に分泌された物質のおかげで十分な治療効果が発揮されていたことが報告されています。

このように、幹細胞は自ら「薬剤の工場」となって必要な物質を送り出し、脳の自己修復を陰ながら支えているのです。

脳卒中後遺症に対する幹細胞治療の有効性のエビデンス

幹細胞治療によって脳卒中後遺症が改善し得ることは、近年のさまざまな臨床研究によって少しずつ明らかになってきました。世界中で行われた初期臨床試験(Phase I/II)の多くで、有望な結果が報告されています。

ここでは、そのいくつかのエビデンス(科学的根拠)をご紹介しましょう。

慢性期脳卒中患者への反復投与による改善例:

脳卒中発症から数ヶ月~数年経った慢性期の患者さんに対し、ウォートンジェリー由来の幹細胞を用いた治療を複数回実施した臨床研究があります。

この研究では、幹細胞を髄腔内(腰の骨から脊髄の周りの髄液空間)に定期的に注入したところ、言語障害の改善(発語が明瞭になる)が数例で見られ、麻痺した手足の運動機能が向上したケースも報告されました。

実際に治療を受けた患者さん全員で日常生活の自立度が以前より高まり、コミュニケーション能力が改善した方もいます。

一方、従来の標準治療のみを受けた対照群では、同じ期間で有意な改善が見られたのはごく一部の患者さんのみでした。さらに特筆すべきは、この幹細胞治療において深刻な副作用が一例も報告されなかったことです。

治療から1年後のフォローアップでも、安全性と有効性が維持されていたことが確認されています。

静脈内投与による機能回復の報告:

別の臨床試験では、脳卒中後の患者さんに対し静脈点滴で幹細胞を投与し経過を観察したところ、幹細胞を受けたグループでは神経学的な障害の程度(NIHストロークスケール)や日常生活動作の自立度(バーテル指数や改訂Rankinスケール)のスコアが明らかに改善したとの報告があります。

対照群(偽薬を投与されたグループ)と比較しても、有意な差で幹細胞治療群の機能改善が認められ、しかも重大な有害事象は認められなかったとされています。この研究は二重盲検のプラセボ対照試験で行われており、科学的にも信頼性の高い結果です。

その他の研究や総説:

上記以外にも、世界各国で行われた大小さまざまな臨床研究において、幹細胞治療による運動機能や神経症状の改善が相次いで報告されています。

例えば、日本や韓国のグループによる試験でも患者自身の骨髄由来幹細胞を用いて麻痺の改善が示唆されており、欧米で行われた急性期脳卒中に対する試験では幹細胞を投与された患者の方が良好な機能予後を示したとの結果も報告されています。

こうしたエビデンスの積み重ねにより、幹細胞治療は「リハビリを続けても残っていた麻痺が良くなる可能性がある」という希望を現実のものにしつつあります。

特にウォートンジェリー由来の幹細胞(WJ-MSC)は、その分泌する物質(サイトカインや成長因子など)の種類が豊富で免疫調整能力も高いことから、脳卒中後のダメージを修復する効果が非常に高い可能性が示唆されています。

実験レベルではWJ-MSCが脳神経を保護する働き(ニューロプロテクション)が強いことがわかっており、臨床研究においても他の由来の幹細胞と同様かそれ以上の有望な結果が得られています。

今後さらに症例数を増やした臨床試験が進めば、WJ-MSCの有効性はますます裏付けられていくことでしょう。

脳卒中後遺症に対する幹細胞治療の安全性と副作用

新しい治療を受けるにあたって、安全性が確保されているかどうかは大きなポイントです。

幸いなことに、これまでの各種幹細胞治療の臨床試験において、重大な副作用(有害事象)はほとんど報告されていません。

特にウォートンジェリー由来の幹細胞は前述のように免疫に認識されにくい性質を持つため、他人由来の細胞を使った場合でも拒絶反応や深刻な免疫合併症は起こりにくいとされています。

実際、臨床研究でも幹細胞投与による重篤な炎症反応やアレルギー反応は認められていません。

もちろん全く副作用がないと言い切ることはできませんが、その多くは一時的で軽微なものです。例えば、点滴で幹細胞を投与した患者さんで一時的な発熱や頭痛が生じた例がありますが、これらは一過性で適切に対処すれば問題なく治まっています。

幹細胞を腰椎から投与する場合は、髄液を採取するときと同様に一時的な頭痛が起こることがありますが、これも通常は数日で改善します。

なお、幹細胞自体にはがん化(腫瘍化)しにくいという特徴があり、これまでの臨床応用で投与した幹細胞が原因で新たな腫瘍ができたという報告はありません。

幹細胞は体内で必要以上に増殖し続けることなく、一定期間が過ぎると役目を終えて減少していくと考えられています。

さらに、他家由来の臍帯血や臍帯組織から採取された幹細胞を用いる場合でも、ドナーのスクリーニング(感染症検査等)や細胞培養時の厳格な品質管理が行われています。

提供された臍帯から分離・増殖された細胞は、GMP(適正製造基準)に則って安全性試験がなされ、クリアしたものだけが治療に使われます。このようなプロセスにより、感染症や異物混入のリスクは極めて低く抑えられています。

総合すると、幹細部治療は安全性の高い治療法と言えます。

命に関わるような重篤なリスクは現在のところ報告されておらず、患者さんにとって大きな不安材料は少ないと考えられます。

おわりに

脳卒中後遺症に対する幹細胞治療は、従来は諦めざるを得なかった機能回復に新たな希望をもたらす医療として、いま大きな期待が寄せられています。

麻痺して動かなかった手足が再び動き出したり、失われた言葉を取り戻せたりする可能性があるというのは、患者さんご本人にとって計り知れない励みとなるでしょう。

幹細胞治療はまだ発展途上の最先端医療ではありますが、国内外で精力的に研究が進められており、将来的には標準的な治療選択肢の一つになることも夢ではありません。

実際に治療を受けた方々の中には、「もう一度自分の足で歩けるようになった」「家族と会話ができるようになった」など、かけがえのない生活の質の向上を実感されているケースも出始めています。

脳卒中後遺症に苦しむ患者さんとご家族の皆さんにとって、幹細胞治療はまさに暗闇に差し込む一筋の光です。

その光がこれからさらに明るく、大きくなっていくよう、研究者・医療者たちは日々努力を続けています。

「もう治らない」と思われていた後遺症でも、体の中にはまだ蘇る力が眠っている——幹細胞治療は、その力を引き出すお手伝いをしてくれるかもしれません。

私たちは、この再生医療の発展によって、一人でも多くの脳卒中サバイバーの方が失った機能を取り戻し、再び笑顔で日常を送れる未来が来ることを心から願っています。

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