末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease, PAD)は、脚へ血液を送る動脈が動脈硬化によって狭くなったり詰まったりし、筋肉や皮膚に十分な酸素や栄養が届きにくくなる病気です。
歩くとふくらはぎや太ももが痛くなり、休むと楽になる間欠性跛行、足先の冷感やしびれ、進行した場合の安静時疼痛、足潰瘍、壊疽などにつながることがあります。
現在の治療では、禁煙、運動療法、薬物療法、カテーテル治療、バイパス手術などが行われます。一方で、動脈硬化が広範囲に及ぶ場合や、糖尿病・腎不全などを合併している場合には、十分な血行再建が難しいこともあります。
こうした中、WJ-MSCや臍帯由来MSC、セクレトームを用いて、血管新生、微小循環、血管内皮環境、抗炎症作用、創傷治癒環境へ働きかける再生医療研究が進められています。
末梢動脈疾患では脚の血管と筋肉で何が起きているのか
以下では、末梢動脈疾患(PAD)で一般的に知られている脚の血管や筋肉、皮膚の変化を整理します。これは特定の治療効果を示すものではなく、PADで歩行時の痛み、安静時疼痛、足潰瘍、壊疽などが起こる背景を理解するための病態解説です。
末梢動脈疾患は、主に動脈硬化によって脚へ向かう血管が狭くなったり詰まったりし、筋肉や皮膚、末梢神経へ十分な血液が届きにくくなる病気です。
血液は、酸素や栄養を運ぶライフラインです。脚の血管が狭くなると、歩くときに筋肉が必要とする酸素を十分に届けられなくなり、痛みやだるさ、冷感、しびれなどが起こることがあります。
脚を一つの街に例えるなら、太い動脈は高速道路、細い血管は生活道路、筋肉や皮膚はその街で働く人々です。末梢動脈疾患では、高速道路が渋滞したり通行止めになったりすることで、必要な物資が街の末端まで届きにくくなる状態が起こります。
動脈硬化で脚へ向かう血管が狭くなる
PADの多くは、動脈硬化によって起こります。動脈硬化では、血管の内側にコレステロールや炎症細胞などが蓄積し、プラークと呼ばれるかたまりが形成されます。
プラークが大きくなると血管の内腔が狭くなり、脚へ流れる血液量が減っていきます。また、プラークが硬くなったり石灰化したりすると、血管がしなやかさを失い、血流調整がさらに難しくなります。
場合によっては、プラークの表面が傷ついて血栓ができ、血管が急に詰まることもあります。慢性的な狭窄だけでなく、血栓による急な血流低下も、脚の虚血を悪化させる要因になります。
血管内皮障害が血流調整を悪くする
血管の内側には、血管内皮と呼ばれる細胞の層があります。血管内皮は、血管を広げたり縮めたり、血液が固まりすぎないようにしたり、炎症反応を調整したりする重要な役割を持っています。
糖尿病、高血圧、喫煙、脂質異常症、慢性腎臓病などがあると、血管内皮に負担がかかりやすくなります。血管内皮の働きが低下すると、血管がうまく広がらず、運動時に必要な血流を増やしにくくなります。
つまりPADでは、単に血管が細くなるだけではなく、血管そのものが血流を調整する力も落ちていくことがあります。
運動時に筋肉が酸素不足になると間欠性跛行が起こる
PADの代表的な症状が、間欠性跛行です。これは、歩いているとふくらはぎ、太もも、お尻などが痛くなり、休むと楽になる症状です。
歩行時には、脚の筋肉が多くの酸素と栄養を必要とします。しかし動脈が狭くなっていると、必要な血液を十分に送れません。その結果、筋肉が酸素不足になり、痛みやだるさ、重さとして感じられます。
休むと筋肉の酸素需要が下がるため、少ない血流でも間に合うようになり、痛みが軽くなります。これが「歩くと痛いが、休むとまた歩ける」という間欠性跛行の仕組みです。
微小循環が悪くなると末端まで酸素が届きにくくなる
PADでは、太い動脈の狭窄だけでなく、細い血管による微小循環も重要です。微小循環とは、毛細血管や細い動脈・静脈を通じて、筋肉や皮膚のすみずみまで酸素や栄養を届ける仕組みです。
太い血管がある程度流れていても、微小循環が悪いと、皮膚や筋肉の末端では酸素不足が起こることがあります。特に足先や足趾は心臓から遠く、血流が届きにくい部位です。
糖尿病や腎不全を合併している方では、微小血管の障害や石灰化が進みやすく、足先の血流評価が難しくなることがあります。そのため、ABIだけでなく、SPPやTcPO₂などを使って皮膚や組織レベルの血流を評価することがあります。
側副血行路が血流を補おうとする
血管が狭くなったり詰まったりすると、体は別の細い血管を使って血流を補おうとします。この迂回路のような血管を側副血行路と呼びます。
側副血行路が発達すると、狭くなった血管を迂回して、ある程度血液を届けられることがあります。しかし、動脈硬化が広範囲に進んでいたり、糖尿病や慢性炎症で血管新生の力が低下していたりすると、十分な側副血行路が作られにくい場合があります。
PADでは、太い血管の再建だけでなく、微小循環や側副血行路を含めた血流環境全体が、症状や創傷治癒に関わります。
進行すると安静時にも血流が足りなくなる
PADが進行すると、運動時だけでなく、安静時にも血流が足りなくなることがあります。この状態では、横になっているだけでも足先が痛む安静時疼痛が起こることがあります。
安静時疼痛は、足先や前足部に起こりやすく、脚を下げると少し楽になることがあります。脚を下げると重力で血液が足先へ届きやすくなるためです。
安静時にも痛みが出る段階では、皮膚や筋肉が慢性的な酸素不足にさらされている可能性があります。これは、PADが重症化しているサインとして重要です。
皮膚や筋肉の酸素不足が潰瘍や壊疽につながる
血流がさらに低下すると、皮膚や筋肉の細胞が十分な酸素や栄養を受け取れなくなります。その結果、小さな傷が治りにくくなり、足潰瘍ができることがあります。
通常であれば、傷ができると血液によって酸素、栄養、免疫細胞、修復に関わる細胞が運ばれます。しかしPADでは、この修復材料が十分に届かないため、創傷治癒が遅れやすくなります。
酸素不足が長く続き、感染が加わると、組織が壊死して壊疽につながることがあります。壊疽が進むと、下肢切断を検討せざるを得ない場合もあります。
糖尿病や腎不全があると悪化しやすい
糖尿病があると、血管内皮障害、微小循環障害、神経障害、免疫機能低下が重なり、PADが悪化しやすくなります。
糖尿病性神経障害があると、足に傷ができても痛みに気づきにくく、発見が遅れることがあります。また、感染への抵抗力が落ちることで、足潰瘍が悪化しやすくなる場合があります。
慢性腎臓病や透析を受けている方では、血管の石灰化や全身の炎症、栄養状態の問題などが重なり、下肢虚血や創傷治癒不全がより複雑になることがあります。
慢性炎症と酸化ストレスが血管と筋肉に負担をかける
PADでは、動脈硬化だけでなく、慢性炎症や酸化ストレスも重要な病態です。炎症性サイトカインが増えた状態が続くと、血管内皮、筋肉、微小血管に負担がかかります。
酸化ストレスとは、細胞を傷つける活性酸素と、それを抑える抗酸化システムのバランスが崩れた状態です。酸化ストレスが強まると、血管内皮機能が低下し、筋肉細胞のミトコンドリアにも影響が出ることがあります。
筋肉のミトコンドリア機能が低下すると、同じ距離を歩いても疲れやすくなったり、痛みが出やすくなったりすることがあります。PADの歩行障害には、血流低下だけでなく骨格筋そのものの機能低下も関わることがあります。
ABI、SPP、TcPO₂、WIfI分類で重症度を評価する
PADの評価では、足首と上腕の血圧比を調べるABIがよく使われます。ABIは、脚へ流れる血液の状態を簡便に確認する検査です。
ただし、糖尿病や腎不全がある方では、血管の石灰化によってABIが実際より高く出ることがあります。その場合、足趾血圧、SPP、TcPO₂などを組み合わせて、末梢の血流や皮膚の酸素状態を評価することがあります。
足潰瘍や壊疽を伴う重症例では、WIfI分類が使われることがあります。WIfI分類は、創の大きさ、虚血の程度、感染の有無を組み合わせて、下肢切断リスクや治療方針を考えるための指標です。
重症化するとCLTIとして下肢切断リスクが高まる
PADが進行し、安静時疼痛、足潰瘍、壊疽などを伴う状態は、重症下肢虚血(CLI)と呼ばれてきました。近年では、慢性肢体脅威虚血(CLTI)という表現もよく使われます。
CLTIでは、脚の組織を維持するための血流が大きく不足し、感染や壊死が加わることで下肢切断リスクが高まります。
この段階では、血行再建、創傷管理、感染管理、糖尿病管理、栄養管理、フットケアなどを組み合わせた集学的な治療が重要になります。
なぜWJ-MSCやセクレトームが注目されるのか
末梢動脈疾患では、動脈硬化、血管内皮障害、微小循環障害、慢性炎症、酸化ストレス、創傷治癒不全など、複数の病態が関わります。そのため、ひとつの仕組みだけを抑える治療では十分に対応しきれない場合があります。
そこで注目されているのが、間葉系幹細胞(MSC)や、MSCが分泌する成長因子・サイトカインなどを含むセクレトームです。MSCは、血管新生、血管内皮環境の調整、抗炎症作用、免疫調整作用、創傷治癒環境への作用などを通じて、虚血になった脚の修復環境に働きかける可能性が研究されています。
特にウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)は、臍帯由来の若い細胞として、セクレトームを介したパラクリン作用が注目されています。WJ-MSC療法は、詰まった血管を直接開通させる治療として確立されているわけではありませんが、血管新生、抗炎症作用、微小循環、創傷治癒環境に働きかける可能性が研究されています。
POINT
- 末梢動脈疾患では、動脈硬化によって脚へ向かう血管が狭くなり、筋肉や皮膚に十分な血液が届きにくくなります。
- 運動時に筋肉が酸素不足になると、ふくらはぎ、太もも、お尻などに痛みが出る間欠性跛行が起こることがあります。
- 進行すると安静時疼痛、足潰瘍、壊疽につながり、慢性肢体脅威虚血(CLTI)として下肢切断リスクが高まることがあります。
- 糖尿病や腎不全を合併すると、微小循環障害、神経障害、感染、創傷治癒不全が重なり、足病変が悪化しやすくなります。
- PADの評価ではABI、SPP、TcPO₂、WIfI分類などが用いられることがあります。
- WJ-MSCやセクレトームは、血管新生、抗炎症作用、微小循環、創傷治癒環境を通じて、PADに関連する病態へ働きかける可能性が研究されています。
末梢動脈疾患と現在の治療の課題
末梢動脈疾患(Peripheral Artery Disease, PAD)とは、心臓から足に血液を送る動脈が動脈硬化によって狭くなったり詰まったりする病気です。
足の血管が十分に血液を送れなくなるため、歩行時にふくらはぎが痛む、しびれる、休むと楽になるといった症状が出ることがあります。
進行したPADでは、安静時疼痛、足潰瘍、壊疽などを伴うことがあり、従来は重症下肢虚血(CLI)と呼ばれてきました。近年では、慢性肢体脅威虚血(CLTI)という表現も広く用いられています。
CLTIでは、血流不足に感染や組織壊死が重なることで、下肢切断リスクが高まる場合があります。
PADに対しては、まず禁煙、運動療法、食事・血糖・血圧・脂質の管理、抗血小板薬や脂質異常症治療薬などの薬物療法が行われます。
血管の詰まりが強い場合には、カテーテルを用いた血管拡張術、ステント留置、バイパス手術などの血行再建術が検討されます。
これらの治療によって多くの患者さんでは症状の改善や下肢温存が期待されますが、動脈硬化が広範囲に及ぶ場合、末梢の細い血管まで障害されている場合、重い合併症がある場合には、血行再建が難しいこともあります。
また、糖尿病や腎不全、感染、創傷治癒不全が重なると、治療はさらに複雑になります。
このような背景から、PADやCLTIに対して、血管新生、微小循環、血管内皮環境、創傷治癒環境に働きかける新しい治療戦略が研究されています。
末梢動脈疾患に対する幹細胞治療と再生医療の新たな可能性
PADやCLTIに対する新しい研究領域として、幹細胞治療やセクレトームを用いた再生医療が検討されています。
幹細胞治療では、虚血になった脚に対して、血管新生、微小循環、血管内皮環境、創傷治癒環境に働きかける可能性が研究されています。
これは、詰まった血管を直接開通させる治療ではなく、成長因子やサイトカインなどを含むセクレトームを介して、血流や組織修復を支える環境づくりを目指すアプローチです。
PAD領域では、骨髄由来単核球、末梢血由来細胞、内皮前駆細胞、骨髄由来MSC、臍帯由来MSC、WJ-MSCなど、さまざまな細胞ソースが研究されています。
ただし、細胞の種類によって作用機序や安全性評価は異なります。本記事では、23C JAPANが扱うWJ-MSCとセクレトームに関連する研究を中心に整理します。
ウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)は、出産時に得られる臍帯のゼリー状組織から採取される細胞で、増殖能、分泌能力、免疫調整作用、セクレトームを介したパラクリン作用が研究されています。
PADやCLTIに対するWJ-MSC研究では、血管新生、血管内皮環境、微小循環、抗炎症作用、創傷治癒環境への作用が検討されています。
一方で、WJ-MSC療法は、詰まった動脈を直接開通させたり、すべての患者さんで下肢切断を回避したりする治療として確立されているわけではありません。現時点では、臨床研究や前臨床研究が進められている段階です。
末梢動脈疾患に対する幹細胞治療の作用メカニズム
PADに対して幹細胞やセクレトームがなぜ研究されているのか、その主な作用メカニズムを整理します。
現在重視されているのは、投与した細胞が血管そのものに直接置き換わる作用だけでなく、MSCが分泌する成長因子やサイトカインなどを含むセクレトームを介したパラクリン作用です。
血管新生と微小循環に関わる可能性
MSCやセクレトームは、VEGF、HGF、FGFなど、血管新生や血管内皮環境に関わる因子を分泌する可能性が研究されています。
これらの因子は、虚血になった組織の血管環境や微小循環を支える可能性があり、前臨床研究では下肢虚血モデルで血管新生や組織灌流への作用が検討されています。
ただし、これは詰まった太い血管を直接開通させる治療ではありません。PADやCLTIでは、血行再建が可能な場合には、カテーテル治療やバイパス手術などの標準治療が重要です。
炎症を調整する可能性
血流が悪くなった患部では、虚血による組織ダメージに加えて、慢性炎症が起こることがあります。
MSCやセクレトームは、炎症性サイトカイン、免疫細胞、血管内皮環境に関わる炎症反応へ作用する可能性が研究されています。
炎症環境を整えることで、虚血組織や創傷治癒環境に働きかける可能性が検討されています。ただし、炎症を完全に抑えたり、全ての傷を治癒させたりする治療として確立されているわけではありません。
創傷治癒環境を支える可能性
PADやCLTIでは、足潰瘍や感染、壊疽が問題になることがあります。傷が治るためには、酸素、栄養、免疫細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞などが適切に働く必要があります。
MSCやセクレトームは、成長因子やサイトカインを介して、創傷治癒に関わる細胞環境や血管環境へ作用する可能性が研究されています。
糖尿病性足潰瘍とPADを有する患者に対する臍帯由来MSC研究でも、創傷治癒や安全性が評価されています。ただし、患者背景や潰瘍の重症度によって経過は異なるため、結果の解釈には注意が必要です。
骨格筋と虚血組織の保護に関わる可能性
PADでは、血流不足によって骨格筋や皮膚、末梢神経が慢性的に酸素不足になります。酸化ストレスや炎症が続くと、筋肉細胞や血管内皮細胞に負担がかかります。
MSCやセクレトームは、虚血組織の細胞保護、酸化ストレス、ミトコンドリア機能、線維化環境などに関わる可能性が研究されています。
これらの作用は、PADの症状や創傷治癒環境を考えるうえで重要な研究テーマですが、現時点では標準治療として確立されたものではありません。
このように、幹細胞治療は単に「血管を作る」治療ではなく、血管新生、微小循環、血管内皮環境、抗炎症作用、創傷治癒環境などへ多面的に働きかける可能性が研究されているアプローチです。
一方で、PADに対するWJ-MSC療法やセクレトーム研究は発展途上であり、既存の血行再建やフットケア、薬物療法を置き換えるものではありません。
POINT
- MSCやセクレトームは、血管新生、微小循環、血管内皮環境に働きかける可能性が研究されています。
- 抗炎症作用や免疫調整作用を通じて、虚血組織の環境に関わる可能性があります。
- 創傷治癒環境への作用も研究されていますが、全ての潰瘍を治す治療として確立されているわけではありません。
- WJ-MSC療法は、詰まった血管を直接開通させる治療ではありません。
- PADやCLTIに対する幹細胞治療は、現時点では臨床研究や前臨床研究が進められている段階です。
末梢動脈疾患に対する幹細胞治療の有効性のエビデンス
PADやCLTIに対する幹細胞治療については、世界各地で臨床研究や前臨床研究が行われています。
ただし、研究ごとに細胞の種類、投与方法、対象患者、重症度、評価指標、追跡期間が異なります。そのため、現時点で効果を断定する段階ではありません。
ここでは、WJ-MSC、臍帯由来MSC、セクレトームに関連する研究を中心に整理します。
WJ-MSCを用いた重症下肢虚血の研究
糖尿病を伴う重症下肢虚血患者に対するWJ-MSCの第I相予備臨床研究では、6か月間の下肢温存、疼痛、歩行時間、足の機能スコアなどが評価され、前向きな変化が報告されています。
ただし、患者数は限られており、対照群を置いた大規模研究ではありません。そのため、すべての患者さんで切断回避や歩行改善が期待できると断定することはできず、今後の検証が必要です。
また、血行再建が困難なno-option CLI患者に対して、WJ-MSCを動脈内・筋肉内に投与したパイロット研究では、安全性、実施可能性、血流、創傷、下肢温存などが評価されています。
これらの研究は、WJ-MSCを用いたPAD/CLI研究の参考になりますが、標準治療として確立されたことを示すものではありません。
臍帯由来MSCを用いた臨床研究
重症下肢虚血患者に対する臍帯由来MSC研究では、疼痛、潰瘍、血流、下肢温存などが評価されています。
糖尿病性足潰瘍とPADを有する患者に対するヒト臍帯由来MSC研究では、局所投与や静脈投与による創傷治癒、安全性、長期追跡が検討されています。
ただし、PADやCLTIの患者さんは、糖尿病、腎不全、感染、心血管疾患などを合併していることが多く、研究結果をすべての患者さんにそのまま当てはめることはできません。
前臨床研究とセクレトーム研究
下肢虚血モデルを用いた前臨床研究では、臍帯由来MSCやWJ-MSC由来製品が、血管新生、組織灌流、虚血筋の修復環境に関わる可能性を示しています。
また、低酸素前処理MSCセクレトームを用いた糖尿病性PADモデルでは、VEGF発現、血管新生、運動機能などへの作用が検討されています。
これらの研究は作用機序を理解するうえで重要ですが、動物実験の結果がそのままヒトのPADやCLTIに当てはまるとは限りません。
幹細胞治療全般の研究は参考情報として扱う
PADやCLTIに対しては、自家骨髄単核球や末梢血由来細胞など、WJ-MSC以外の細胞を用いた研究も多数報告されています。
これらは細胞治療全般の歴史や可能性を理解するうえで参考になりますが、WJ-MSCやセクレトームの効果としてそのまま扱うことはできません。
本記事では、WJ-MSC、臍帯由来MSC、セクレトームに関する研究を中心に扱います。
これらの研究では、血流指標、疼痛、歩行能力、潰瘍治癒、下肢温存などに関する前向きな結果が報告されています。ただし、研究ごとに細胞の種類、投与方法、対象患者が異なるため、結果の解釈には注意が必要です。
こうした研究は、PADやCLTIに対する細胞治療の可能性を検討するうえで重要な参考になります。一方で、標準治療として確立するには、さらに大規模で長期的な臨床研究が必要です。
POINT
- WJ-MSCの第I相予備研究では、疼痛、歩行時間、下肢温存などが評価されています。
- no-option CLIに対するWJ-MSCパイロット研究では、安全性、実施可能性、血流、創傷などが検討されています。
- 臍帯由来MSC研究では、重症下肢虚血や糖尿病性足潰瘍に対する創傷治癒、安全性が評価されています。
- セクレトーム研究では、血管新生や虚血組織の修復環境への作用が前臨床研究で検討されています。
- 現時点では研究段階であり、有効性を確定するには大規模で長期的な臨床研究が必要です。
末梢動脈疾患に対する幹細胞治療の安全性と副作用
PADやCLTIに対するWJ-MSC、臍帯由来MSC、MSCセクレトームの研究では、安全性や忍容性も評価されています。
一部の研究では、重大な有害事象が少ないことが報告されていますが、対象者数、投与経路、投与回数、追跡期間には限りがあります。
そのため、治療を検討する際には、細胞の品質管理、感染症検査、投与方法、投与後の経過観察を含めて慎重に判断する必要があります。
特にPADやCLTIの患者さんでは、糖尿病、腎不全、感染、心血管疾患などを合併していることも多く、全身状態を含めた評価が重要です。
投与時に起こり得る副反応
細胞投与後には、注射部位の痛み、腫れ、内出血、一時的な発熱、倦怠感などが報告される可能性があります。
局所投与、筋肉内投与、動脈内投与、静脈投与など、投与方法によって注意すべきリスクは異なります。
多くは一過性とされることがありますが、症状が出た場合には医師の管理のもとで適切に対応する必要があります。
PADやCLTIでは全身管理が重要
PADやCLTIの患者さんは、糖尿病、慢性腎臓病、透析、心血管疾患、感染症、栄養障害などを合併していることがあります。
そのため、細胞治療そのものだけでなく、血糖管理、感染管理、創傷管理、血行再建の適応、薬物療法、フットケアを含めた総合的な管理が重要です。
細胞治療を検討する場合も、既存治療を十分に確認したうえで、全身状態や下肢の状態に応じて慎重に判断する必要があります。
細胞品質と管理体制が重要
他家由来の臍帯組織やWJ-MSCを用いる場合、ドナーのスクリーニング、感染症検査、細胞培養、品質検査、保管・輸送管理が重要です。
治療を行う施設では、細胞の由来、製造工程、培養環境、検査項目、投与方法、投与後のフォロー体制について説明できることが求められます。
安全性を考えるうえでは、細胞そのものの性質だけでなく、治療全体の管理体制を確認することが大切です。
POINT
- WJ-MSCや臍帯由来MSCの研究では、安全性や忍容性も評価されています。
- 重大な有害事象が少ないと報告される研究もありますが、研究規模や追跡期間には限りがあります。
- 注射部位の痛み、腫れ、内出血、発熱、倦怠感などには注意が必要です。
- PADやCLTIでは、糖尿病、腎不全、感染、心血管疾患などを含めた全身管理が重要です。
- 長期的な安全性と有効性については、今後さらに検証が必要です。
おわりに:PADに対する再生医療研究のこれから
末梢動脈疾患では、動脈硬化、血管内皮障害、微小循環障害、慢性炎症、酸化ストレス、創傷治癒不全などが複雑に関わります。
WJ-MSCや臍帯由来MSC、セクレトームを用いた研究では、血管新生、微小循環、血管内皮環境、抗炎症作用、創傷治癒環境への作用が検討されています。
一方で、WJ-MSC療法は詰まった血管を直接開通させたり、すべての患者さんで下肢切断を回避したりする治療として確立されているわけではありません。現時点では、臨床研究や前臨床研究が進められている段階です。
WJ-MSC療法やセクレトーム研究は、PADやCLTIに対する新しい再生医療の研究領域として、今後の発展が期待されています。
- 末梢動脈疾患(PAD)の分類、ABI、CLTI、WIfI分類、血行再建、運動療法、包括的管理について整理した2024年AHA/ACCガイドライン
2024 ACC/AHA/AACVPR/APMA/ABC/SCAI/SVM/SVN/SVS/SIR/VESS Guideline for the Management of Lower Extremity Peripheral Artery Disease - 慢性肢体脅威虚血(CLTI)の定義、WIfI分類、虚血評価、創傷・感染・血行再建を含む包括的管理を整理した国際ガイドライン
Global vascular guidelines on the management of chronic limb-threatening ischemia - 2型糖尿病を伴う重症下肢虚血患者に対するWJ-MSC移植について、安全性、血流、創傷、下肢温存に関する評価を行った第I相予備臨床研究
Wharton’s jelly mesenchymal stem cells transplantation for critical limb ischemia in patients with type 2 diabetes mellitus: a preliminary report of phase I clinical trial - 血行再建が困難なno-option CLI患者に対してWJ-MSCを動脈内・筋肉内投与し、安全性、実施可能性、血流・創傷・下肢温存への可能性を評価したパイロット研究
Combined intra-arterial and intra-muscular transfer of Wharton’s jelly mesenchymal stem/stromal cells in no-option critical limb ischemia – the CIRCULATE N-O CLI Pilot Study - 重症下肢虚血患者に対する臍帯由来MSCの有効性について、疼痛、潰瘍、血流、下肢温存などを評価した臨床研究
Effectiveness of umbilical cord mesenchymal stem cells in patients with critical limb ischemia - 糖尿病性足潰瘍と末梢動脈疾患を有する患者に対し、ヒト臍帯由来MSCの局所投与・静脈投与を行い、創傷治癒、安全性、3年追跡を評価した第I相パイロット研究
Topical and intravenous administration of human umbilical cord mesenchymal stem cells in patients with diabetic foot ulcer and peripheral arterial disease: a phase I pilot study with a 3-year follow-up - 末梢動脈閉塞性疾患患者に対するヒト臍帯血由来MSC療法について、安全性、実施可能性、下肢虚血症状への影響を評価した第I相研究
A Phase I Study of Human Cord Blood-Derived Mesenchymal Stem Cell Therapy in Patients with Peripheral Arterial Occlusive Disease - ヒト臍帯組織由来MSCが、下肢虚血モデルで血管新生や組織灌流に関わる可能性を示した前臨床研究
Therapeutic Angiogenesis Induced by Human Umbilical Cord Tissue-Derived Mesenchymal Stromal Cells in a Murine Model of Hindlimb Ischemia - 臍帯由来MSCが下肢虚血モデルで血管新生を促し、虚血肢の血流や組織環境に作用する可能性を示した前臨床研究
Umbilical Cord-Derived Mesenchymal Stem Cells Relieve Hindlimb Ischemia through Enhancing Angiogenesis in Tree Shrews - WJ-MSC由来製品「CardioCell」について、下肢虚血モデルにおける血管新生、組織修復、虚血筋への作用を検討したWJ-MSC前臨床研究
Regenerative Potential of the Product “CardioCell” Derived from the Wharton’s Jelly Mesenchymal Stem Cells for Treating Hindlimb Ischemia - 低酸素前処理MSCセクレトームが、糖尿病性PADラットモデルにおいてVEGF発現、CD31陽性面積、血管新生、運動機能に作用する可能性を示したセクレトーム研究
Secretome of Hypoxia-Preconditioned Mesenchymal Stem Cells Enhance Angiogenesis in Diabetic Rats with Peripheral Artery Disease - CLTIに伴う虚血性難治性創傷に対するMSC治療について、創傷治癒、血管新生、炎症、細胞治療の臨床・前臨床研究を整理したレビュー
Mesenchymal stem cell-based therapy for non-healing wounds due to chronic limb-threatening ischemia: A review of preclinical and clinical studies - 重症下肢虚血に対するMSC療法について、血管新生、創傷治癒、下肢温存、臨床研究、今後の課題を整理したレビュー
Mesenchymal stem cells for critical limb ischemia - 重症下肢虚血に対するMSC療法の臨床応用、作用機序、血管新生、免疫調整、治療上の課題を整理したレビュー
Emerging roles of mesenchymal stem cell therapy in patients with critical limb ischemia
