変形性関節症(OA)は、関節のクッションである「軟骨」がすり減ることで、痛みや関節の動かしにくさが現れる、非常に一般的な関節の病気です。
現在行われている治療(運動療法、鎮痛薬、ヒアルロン酸注射など)は、あくまで痛みを抑える「対症療法」が中心で、傷んだ軟骨そのものを元に戻すことはできません。
そこで今注目されているのが、「幹細胞治療」による軟骨の再生です。
特に注目されているのが「ウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)」です。これは、赤ちゃんのへその緒(臍帯)にあるゼリー状の組織=ウォートンジェリーから採取される幹細胞で、若くて元気な細胞を豊富に得られるのが特長です。
このWJ-MSCは、他人から提供された細胞であっても免疫の拒絶反応を起こしにくく、患者さんの体への負担が少ない「再生医療の素材」として大きな期待が寄せられています。
関節痛の軽減と関節機能の改善効果
ウォートンジェリー由来の幹細胞(WJ-MSC)を関節内に注射することで、膝の痛みが軽くなり、日常生活の動きが楽になったという報告が増えています。
例えば、変形性膝関節症の患者にWJ-MSCを注射したある研究では、1年後に痛みが大幅に軽減し、関節の動きやすさを示すスコア(WOMACやLequesne指数)も明確に改善しました。患者自身が「楽になった」と感じる満足度も高まり、客観的なMRI検査や滑液中の炎症マーカーの改善とも一致しています。
別の臨床試験(第I相)では、比較的症状の軽い患者にWJ-MSCを複数回注射したところ、たった3か月で痛みのスコア(VAS)が平均6.0から3.5へと減少しました。膝の動きに関する評価も、26.0から8.5へと劇的に改善しています。
多くの患者が「階段の上り下りが楽になった」「買い物が苦でなくなった」と感じ、関節痛が原因の生活の不自由さが減ったと報告されています。
こうした結果は、WJ-MSC療法がただ痛みを抑えるだけでなく、「関節の状態そのもの」を改善する働きを持つ可能性を示しています。言い換えれば、壊れかけた“関節のクッション”に、修復のきっかけを与えてくれる治療といえるでしょう。
POINT
- WJ-MSC注射により、痛み(VASスコア)が大幅に軽減した研究報告がある
- 関節機能スコア(WOMACやLequesne指数)も明確に改善
- MRIや生化学的マーカーでも関節の状態が良好に変化
- 歩行や日常動作が楽になり、生活の質が向上した例も
- 症状緩和だけでなく「動ける身体」に戻す可能性が示唆されている
軟骨の再生・修復に関するエビデンス
幹細胞治療の大きな魅力は、損傷した関節の軟骨そのものを修復できる可能性があることです。ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)を使った最新の研究では、実際にこの“軟骨のよみがえり”が確認されています。
ある研究では、WJ-MSCを膝関節に注射してから1年後、MRIで膝関節の軟骨が厚くなっていることが明らかになりました。特に体重がかかりやすい「脛骨」や「大腿骨」の関節部分では、はっきりとした再生が見られています。
さらに、MRIの中でも軟骨の質を評価できる「T2マッピング」という方法で調べた結果、軟骨の中身が柔らかくすり減った状態から、弾力のある健康的な状態へと近づいていたことが確認されています。
6~12か月という短期間の観察でも、軟骨がすり減っていた部分に“新しい軟骨のような組織”ができている例や、関節の骨の下の硬くなっていた部分(軟骨下骨)の状態が良くなっていることが分かっています。
これは、これまでの治療ではなかなか見られなかった非常に画期的な変化です。
また、動物実験においてもWJ-MSCを使った治療で軟骨の再生が進み、元の健康な軟骨に近い組織が再び作られるという報告があります。
POINT
- MRIで軟骨の厚みが増したことが確認された
- T2マッピングでも軟骨の「質」が改善された
- 欠損していた部分に“軟骨のような新しい組織”ができた例も
- 軟骨の下の骨(軟骨下骨)の状態が改善したという報告も
- 動物実験でもネイティブ軟骨に近い再生が確認されている
抗炎症・免疫調整作用のメカニズム
変形性関節症では、関節の中にある滑液や組織に炎症が起き、痛みや軟骨の破壊が進んでしまいます。ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)は、こうした炎症を抑えるために多くの「抗炎症物質」を放出します。
特に注目されているのは、IL-10(インターロイキン10)やTGF-β(トランスフォーミング成長因子β)といった物質です。
- IL-10は、炎症性物質の過剰な産生を抑えて、痛みや腫れの原因となる組織損傷を食い止めます。
- TGF-βは、免疫の過剰反応を和らげるだけでなく、傷んだ軟骨の“修理工場”を助ける働きもあります。
さらに、WJ-MSCはVEGF(血管内皮増殖因子)やHGF(肝細胞増殖因子)などを分泌して、患部への血流を改善し、組織の再生をサポートします。
免疫の視点から見ると、WJ-MSCは関節内の“警備員”であるマクロファージを、攻撃型(M1型)から修復型(M2型)へと変化させ、炎症を沈めます。また、T細胞やB細胞といった免疫細胞の暴走をブロックし、制御性T細胞(Treg)を増やすことで、過剰な免疫反応を抑えてくれるのです。
このように、WJ-MSCは関節内のサイトカイン(細胞の連絡物質)ネットワークを調整し、「破壊」から「修復」へのスイッチを入れるような働きをしています。
実際、WJ-MSCを注射した後には、関節液の中にある炎症を起こす物質(TNF-αやIL-1β、IL-6)が減少し、アディポカイン(レプチン・アディポネクチン)という脂肪由来の物質のバランスも改善されたという報告があります。
POINT
- WJ-MSCはIL-10・TGF-βなどの抗炎症物質を分泌し、炎症を抑える
- VEGF・HGFなどで血流改善と組織修復をサポート
- マクロファージを「攻撃型」から「修復型」に変え、関節環境を整える
- T細胞・B細胞の暴走を抑え、自己免疫的な炎症を鎮める
- 結果として、関節内の炎症ループを断ち切り、再生に向けた環境を作る
患者の生活の質(QOL)の改善
変形性関節症による痛みは、日常生活のあらゆる動作を制限し、外出や趣味、人との交流さえも遠ざけてしまいます。そんな「生活の壁」を打ち破るきっかけとして、ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)療法は注目されています。
例えば、ある患者さんはWJ-MSCの治療後に痛みが軽くなり、「また散歩ができるようになった」「階段を怖がらずに上れるようになった」といった前向きな変化を実感しています。
実際の臨床研究では、以下のような客観的な数値改善も報告されています。
- SF-36(健康調査票)では、治療前と比べて総合スコアが約25%アップ。
- SF-12(身体・精神両面のQOLを測る指標)では、スコアが39.0 → 46.0に上昇。
- 主観的な症状改善を評価するリッカート尺度でも、ほとんどの患者が「改善した」と回答。
これは言い換えると、「痛みが消えた」だけでなく、「自分らしい生活が戻ってきた」ことを意味します。また、痛みが軽くなることでよく眠れるようになったり、不安感や気分の落ち込み(うつ症状)も和らぐケースもあります。
「体の改善」が「心の改善」にもつながる――WJ-MSC療法はその両方をサポートする治療といえるでしょう。
POINT
- WJ-MSC治療後、多くの患者でQOL(生活の質)が大きく改善
- SF-36やSF-12などの指標で、身体的・精神的な健康状態が上昇
- 「もう一度歩けた」「趣味ができた」など、生活への前向きな影響が報告されている
- 痛みの緩和は、睡眠の質向上や気分の安定にもつながる
- WJ-MSC療法は、単なる痛みの治療ではなく「人生の再構築」にも関わる
安全性にや副作用について
幹細胞治療と聞くと、「副作用があるのでは?」「体に合わないことはないの?」と心配になる方もいるかもしれません。ですが、WJ-MSCは世界中で多くの臨床試験が行われており、その多くで「高い安全性」が確認されています。
他人の細胞でも拒絶されにくい
WJ-MSCは、赤ちゃんのへその緒(臍帯)から採取される幹細胞です。通常、他人の細胞を体内に入れると免疫が「異物」とみなして攻撃を始めることがありますが、WJ-MSCにはこの免疫反応を起こしにくい性質があります。
これは、細胞の表面に「免疫の目印」となる分子(MHCクラスIIなど)が非常に少ないためで、実際、これまでに行われた臨床試験では、拒絶反応による深刻なトラブルは報告されていません。
がんになる心配はあるの?
幹細胞は「増える力」が強いため、「がんになるのでは?」と不安に思われる方もいます。しかしWJ-MSCは、これまでの研究で「非腫瘍性」、つまり腫瘍をつくる性質がないことが確認されています。
投与後にしこりができたというような報告はなく、異常な増殖も認められていません。国内外の複数の研究機関によって検証が進められており、現在のところ重大なリスクは確認されていません。
軽い副作用が出ることはあります
治療後に注射部位が軽く腫れたり、微熱やだるさといった軽度の体調変化が起こることがあります。ただし、これらは数日以内に自然に回復することがほとんどです。
実際、ある臨床試験では14人中5人に一時的な副作用が見られましたが、いずれも重症化することなく、全員が自然に回復しています。
つまり、副作用が出る可能性はゼロではないものの、その多くが日常生活に支障のない軽度なものであると考えられます。
POINT
- WJ-MSCは他人の細胞でも拒絶反応を起こしにくい
- がん化(腫瘍化)などの重い副作用は報告されていない
- 一部で軽い副反応(腫れ・発熱・倦怠感)があるが、すぐに回復する
- 注射による治療なので体への負担が小さい
- 今後は「より安全に」「より確実に」使うための研究がさらに進むことが期待されている
他の由来MSCとの比較(脂肪・骨髄由来との違い)
身体にやさしく、負担が少ない治療です
WJ-MSCは、赤ちゃんのへその緒(臍帯)の中にある「ウォートンジェリー」という組織から採れる幹細胞です。この部分はもともと出産後に処分されるため、提供する人にもされる人にも一切負担がかかりません。
骨髄や脂肪から幹細胞を取る方法は、針を刺したり手術をする必要がありますが、WJ-MSCにはそのような痛みやリスクがありません。
他人の細胞でも、安心して使えるのが特長です
普通は、自分以外の細胞を体に入れると拒絶反応が出る心配があります。しかし、WJ-MSCは「異物」として認識されにくいという性質があるため、他人から提供された細胞でも安心して使えます。
このおかげで、治療を早く始められるメリットもあります。
軟骨を“再びつくる力”が特に強い細胞です
変形性関節症では、関節のクッションになる軟骨がすり減ることで痛みが出ます。WJ-MSCは、このすり減った軟骨を再生する力が高いとされており、
実際に「関節の厚みが増えた」「動きがスムーズになった」といった報告が国内外で増えています。
POINT
- 出産時に取れる安全な細胞で、手術などは不要
- 他人の細胞でも拒絶されにくく、すぐ使える
- 傷んだ軟骨を修復し、痛みの原因そのものに働きかける
- ただ痛みを抑えるだけでなく、「関節が動く」状態を目指せる
おわりに
ウォートンジェリー由来MSCを用いた変形性関節症の治療は、症状緩和と軟骨再生の二重の効果を狙える新たな再生医療戦略です。
現在までの文献から、WJ-MSC療法は関節痛の軽減や機能向上、軟骨修復において有望な結果が得られており、その作用は抗炎症・免疫調節を介した疾患修飾効果にも及ぶ可能性が示唆されています。
安全性の面でも概ね良好で、深刻な副作用なく施行できることが確認されています。
もっとも、症例数の限界や長期転帰の不確定性など課題も残されており、今後さらなる大規模RCTや長期追跡研究によるエビデンスの蓄積が望まれます。
患者のQOL向上や将来的な人工関節置換の回避につながる治療として、WJ-MSC療法は変形性関節症治療の新たな地平を切り拓く可能性があり、今後の研究発展に期待が寄せられています。
- WJ-MSCによる変形性膝関節症の管理が安全かつ有望な新たな選択肢であることを示した臨床研究
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