「肝硬変はもう治らないの?」 – そう告げられ、不安や絶望を感じている患者さんやご家族は少なくありません。
お腹に水が溜まってパンパンに張れる(腹水)、皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)、頭がぼーっとする肝性脳症…。肝硬変特有のこうした症状は日常生活を大きく妨げ、患者さんを苦しめます。現在の医療では進行した肝硬変を元通りに治すのは難しく、「肝移植しか根本的な治療法がない」と言われてきました。
しかし近年、幹細胞治療という再生医療の新しいアプローチが、肝硬変に希望の光をもたらしつつあります。
肝硬変ってどんな病気?現行治療の限界は?
肝硬変とは、慢性的な肝臓のダメージにより、柔らかかった肝臓の組織が硬い瘢痕組織(線維組織)に置き換わり、肝臓全体が縮み、機能を大きく失ってしまった状態を指します。
イメージとしては、ふっくらとした肝臓が長年の炎症によって傷つき、まるでコンクリートのように硬くなってしまうようなものです。
肝硬変の原因と広がる影響
日本には約40万人の肝硬変患者がいると推定され、その主な原因は次のとおりです。
- ウイルス性肝炎(B型・C型): 長期間の肝炎により肝臓が徐々に傷つきます。
- アルコール性肝障害: 長年の飲酒が肝細胞を破壊します。
- 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH): 近年急増している生活習慣病型の肝硬変原因です。
どの原因であれ、慢性炎症が続くことで正常な肝細胞が破壊され、線維化が進行し、やがて肝硬変に至ります。
進行すると命に関わる合併症も
肝硬変が進行すると、次のような重篤な合併症を引き起こします。
- 腹水: お腹に水が溜まり、呼吸困難や圧迫感を伴います。
- 黄疸: 皮膚や眼球が黄色くなり、全身倦怠感やかゆみを生じます。
- 肝性脳症: 解毒機能の低下による意識障害や昏睡状態。
これらの合併症により、患者さんの日常生活は著しく制限され、「いつ再入院するか」「また意識を失うか」といった不安と常に向き合わざるを得なくなります。
現行治療の現実:対症療法中心
現在、肝硬変そのものを元通りにする治療はありません。基本は次の2本立てです。
- 原因治療: ウイルス除去や禁酒など。
- 合併症対策: 利尿剤やアンモニア除去薬などの薬物療法。
しかし、一度線維化して硬くなった肝臓を再生させることはできません。唯一、肝移植が根治的治療とされていますが、
- 慢性的なドナー不足
- 大規模な外科手術のリスク
- 一生涯の免疫抑制療法の負担
など、ハードルが非常に高いのが現実です。
求められる「肝臓再生」の新戦略
このように、肝硬変は現行医療では「進行を防ぐ」ことはできても、「元に戻す」ことはできない疾患です。そこで今、注目されているのが再生医療による幹細胞治療です。
硬くなった肝臓に「再び柔らかさと機能を取り戻す」──そんな希望が現実になろうとしています。
POINT
- 肝硬変は線維化により肝臓の柔軟性と機能が失われた状態
- 腹水、黄疸、肝性脳症など重篤な合併症を引き起こす
- 現在の治療は原因対策と合併症管理が中心で、肝再生は困難
- 肝移植以外に根本治療がないため、再生医療への期待が高まっている
肝硬変に再生医療は有効? 幹細胞治療が注目される理由
肝硬変を「治す」ために、近年注目を集めているのが幹細胞治療です。
幹細胞とは、私たちの体の中でさまざまな細胞に成長できる力と、傷ついた組織を修復する力を併せ持つ、特別な細胞のことです。言うなれば、体のマスター細胞です。
幹細胞治療とは?
幹細胞治療とは、患者さん自身またはドナーから採取した幹細胞を体内に戻し、ダメージを受けた臓器の再生を促す治療法です。肝硬変の場合、傷んで線維化した肝臓組織に幹細胞を送り込み、肝機能の回復と組織の修復を図ることを目指します。
再生医療の選択肢はいくつかある
肝臓再生にはいくつかのアプローチが研究されています。
- iPS細胞から肝臓オルガノイド(ミニ肝臓)を作成・移植する研究
- 患者自身の骨髄細胞や末梢血由来幹細胞を用いる治療
これらの中で、より現実的な治療法として注目されているのが間葉系幹細胞(MSC)を使った方法です。
間葉系幹細胞(MSC)とは?
MSC(Mesenchymal Stem Cell)は、主に骨髄、脂肪組織、そして出生時の臍帯(へその緒)に存在する幹細胞です。以下の特長があります。
- 増殖・分化能力が高い: 必要に応じてさまざまな組織に変身できる。
- 免疫拒絶が起こりにくい: 他人のMSCでも安全に投与できる可能性が高い。
- 抗炎症・修復促進作用が強い: ダメージ組織をサポートし、再生を促進する。
これらの性質により、MSCは肝臓の修復に理想的な細胞源と考えられています。
中でも注目の「臍帯由来MSC」
MSCの中でも、特に臍帯(へその緒)から採取されるウォートンジェリー由来MSC(WJ-MSC)は、若さとパワーに優れた細胞です。
- 0歳の幹細胞: 生まれたばかりのため自己複製能・分化能が非常に高い。
- 腫瘍化リスクが低い: 遺伝子的にも初期状態に近く安全性が高い。
- 免疫拒絶を起こしにくい: HLA(白血球型抗原)の発現が低く、他家移植でも適応しやすい。
また、採取にあたり赤ちゃんや母体に負担がかからず、倫理的問題がほぼない点も、医療応用上の大きなメリットです。
当院でも、この臍帯由来WJ-MSCを使用し、肝硬変に対して若く元気な細胞による確かな再生効果を目指しています。
POINT
- 幹細胞治療は、傷んだ肝臓の修復を目指す最先端の再生医療
- 間葉系幹細胞(MSC)は免疫適合性が高く、安全性に優れる
- 臍帯由来のWJ-MSCは特に若く、再生能力・安全性ともにトップクラス
- 肝硬変への応用が世界中で期待されている
幹細胞治療は肝硬変の肝臓にどう効く?
幹細胞を体内に投与すると、どのようにして硬くなった肝臓が再生されるのでしょうか?ポイントは、幹細胞が「失われた細胞を補い」「修復因子を分泌し」「免疫暴走を抑える」という三位一体のアプローチです。
傷んだ肝細胞に生まれ変わる(置き換え効果)
幹細胞の一部は肝細胞に変化し、失われた肝機能を直接補います。
MSCのごく一部は肝臓に到達した後、肝細胞様の細胞に分化し、傷んだ肝組織の一部を直接置き換えます。
これにより、解毒や蛋白質合成といった肝機能の回復が期待できます。
修復因子を分泌して肝臓を癒す(パラクライン効果)
幹細胞は再生を促す因子を大量に分泌し、肝臓全体の回復をサポートします。
MSCは、抗炎症作用を持つサイトカインや、組織修復を促進する成長因子などを分泌します。
これにより、
- 慢性炎症の沈静化
- 線維化(傷跡化)の進行抑制
- 修復型マクロファージの活性化による組織再生促進
といった効果が得られ、肝臓自体が再生しやすい環境が整えられます。
免疫を調整して炎症を鎮める(免疫調節効果)
過剰な免疫反応を抑え、肝臓への新たなダメージを防ぎます。
MSCは、T細胞やB細胞の過剰な働きを抑えることで慢性炎症を抑制します。これにより肝臓の損傷サイクルが断ち切られ、合併症の悪化防止にもつながります。
以上のように、幹細胞治療は「新しい肝細胞を補充し、肝臓の傷を修復し、炎症を鎮める」という三位一体のアプローチで肝硬変に立ち向かいます。他の治療では得られないこの再生能力こそ幹細胞治療最大の特徴と言えるでしょう。
POINT
- MSCの一部は肝細胞様に分化し、失った機能を補う
- 修復因子を分泌して肝臓の再生環境を整える
- 線維化進行を抑制し、肝臓の柔軟性を守る
- 免疫調節によって慢性炎症を鎮め、新たな損傷を防ぐ
- 三位一体の作用で、肝硬変に本質的なアプローチが可能
幹細胞治療はどれくらい効果がある?臨床研究が示すエビデンス
「幹細胞治療って本当に効くの?」――患者さんやご家族にとって最も気になる点でしょう。近年、肝硬変に対する幹細胞治療の効果を裏付ける科学的エビデンスが世界各地から続々と発表されています。
肝機能検査データの改善
複数のメタ解析や臨床試験で、幹細胞治療を受けた患者さんの血液検査値(ALT・AST・ビリルビン・アルブミンなど)が有意に改善したことが報告されています。これにより、解毒・代謝・栄養保持といった肝臓の基本機能が底上げされ、実際に黄疸やむくみといった症状も軽減しています。
つらい症状やQOLの改善
患者さん自身の体感としても、だるさの軽減、食欲の回復、腹水による腹部膨満感の改善など、生活の質(QOL)が向上したとの報告が相次いでいます。
単なる数値改善だけでなく、「動けるようになった」「食事を楽しめるようになった」といった日常生活の変化が生まれています。
線維化の改善・肝臓の再生
幹細胞治療後にCTやMRIで肝容積の増加、肝臓の線維化(硬化)が軽減した例が報告されています。完全に元に戻るわけではありませんが、少なくとも組織再生が始まる可能性が示されています。
生存率の向上
長期追跡データでは、幹細胞治療を受けた重症肝硬変患者で、対照群に比べ生存率が有意に高かったことが明らかになっています。単なる延命ではなく、生活の質を伴った「健康寿命の延伸」が期待されます。
POINT
- ALT・AST・アルブミンなど肝機能指標が改善
- 疲労感・腹水など症状の緩和、生活の質(QOL)向上
- 線維化が軽減し、肝臓組織の再生が報告されている
- 重症肝硬変患者で生存率の向上効果も示唆
- 肝硬変に対する希望の新たな治療選択肢となりつつある
幹細胞治療は安全?副作用の心配は?
新しい治療に挑戦する際、最も気になるのが安全性です。 再生医療はまだ発展途上の分野ではありますが、これまでの幹細胞治療に関する臨床研究では、重篤な副作用の発生は非常に少ないことが明らかになっています。
これまでの臨床研究データから見る安全性
最新のメタ解析によれば、骨髄由来MSCや臍帯由来MSCを用いた肝硬変治療で、治療群と対照群における有害事象発生率に差はなく、深刻な副作用は確認されませんでした。
特に、臍帯由来MSCは免疫原性が低いため、他人からの提供でも免疫拒絶反応がほとんど起きないという特長があり、安全性の面でも優れています。
副作用として報告される可能性のあるもの
主にごく軽微な副作用が一部報告されていますが、いずれも一過性で、重大なリスクを伴うものではありません。
- 一時的な発熱
- 軽い頭痛
- 注射部位の軽度な痛みや違和感
これらも通常は自然に収まり、追加の治療が必要となるケースはほとんどありません。
がん化リスクについて
「幹細胞を入れたら腫瘍になるのでは?」という心配もありますが、これまでの研究ではMSC投与による新たな肝がん発生は認められていません。むしろ、幹細胞治療を受けた群では肝がん発生リスクが低下した可能性も指摘されています。
現時点では、幹細胞治療(特にウォートンジェリー由来MSCを用いた治療)は、肝硬変患者さんにとって非常に安全性が高い治療選択肢と考えられます。長期的な観察は引き続き必要ですが、従来の肝移植などに比べると、リスクの少ない再生医療として非常に有望です。
POINT
- 重篤な副作用はほとんど報告されていない
- 一過性の軽微な副作用(発熱・頭痛など)が稀に見られる程度
- 免疫拒絶反応は極めて起こりにくい(特に臍帯由来MSC)
- がん化リスクも現在までの研究で否定されている
- 肝移植に比べ、患者さんの負担が小さい治療オプション
未来を変える再生医療への期待
肝硬変に対する幹細胞治療は、世界中で研究が加速している最先端の再生医療です。これまで「治せない病気」と考えられてきた肝硬変に対し、患者さん自身や提供者由来の幹細胞を使って肝臓を再生させるという試みが、実際に成果を上げ始めています。
特に、臍帯由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)は、その若さと高い再生能力、安全性から、今後の肝硬変治療の切り札として期待されています。肝硬変に苦しむ患者さんやご家族にとって、幹細胞治療は新たな希望をもたらす光になりつつあります。
一歩踏み出す勇気が、未来を大きく変えるかもしれません。肝硬変に対する常識が、再生医療によって塗り替えられる日は、もう遠くないでしょう。
- 幹細胞療法による肝硬変治療の効果と安全性を検証した最新のメタ解析(13研究・854人対象)
Meta-analysis on last ten years of clinical injection of bone marrow-derived and umbilical cord MSC to reverse cirrhosis or rescue patients with acute-on-chronic liver failure - 臍帯由来MSCを3回投与して最長75ヶ月追跡した中国のランダム化比較試験(HBV由来非代償性肝硬変219例)
Mesenchymal stem cell therapy in decompensated liver cirrhosis: a long-term follow-up analysis of the randomized controlled clinical trial - 幹細胞療法による肝硬変改善メカニズムと臨床研究をまとめた韓国グループによる総説
Mesenchymal stem cell therapy for cirrhosis: Present and future perspectives - 骨髄由来MSCを肝動脈内投与後、腹水の消失と肝臓体積増大を確認した韓国の症例報告
Can bone marrow‐derived mesenchymal stem cells change liver volume?: A case report - 厚生労働省・AMED支援による国内臨床試験(自己骨髄・臍帯MSCを用いた第I相試験)
再生医療の実現化ハイウェイ(課題D)「肝硬変に対する間葉系細胞移植療法 第I相試験」計画書