薬やブロック注射、リハビリなどあらゆる治療法を試しても消えない痛みに悩まされる──。慢性的な痛みに苦しむ方にとって、「幹細胞治療」は体の内側から痛みを和らげる新たな希望として注目されています。
CRPS(複合性局所疼痛症候群)、線維筋痛症、慢性腰痛(特に椎間板由来の痛み)、神経障害性疼痛(Neuropathic Pain)など、多くの難治性疾患が慢性疼痛の原因となり、日常生活に深刻な支障を及ぼします。
例えば、ちょっと触れただけで耐え難い激痛が走ったり、痛みで夜も眠れなかったりと、本人はもちろん家族の生活も一変させてしまいます。
従来の鎮痛薬や神経ブロックで十分な効果が得られないケースは少なくありません。そうした中、自分自身の細胞を使って体の回復力を呼び覚ます「幹細胞治療」が、痛みの根本にアプローチする新しい選択肢として現れつつあります。
幹細胞はなぜ痛みに効くのか──“火種”に働きかける多面的アプローチ
慢性疼痛は「治りにくい痛み」というだけでなく、傷んだ組織がうまく回復せず、炎症が長引き、神経が過敏なままになるというように、いくつもの問題が絡み合って続いています。こうした複雑な背景に対して、間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal Stem Cell)は体のさまざまな部位で回復を助ける力を持ち、“治す力”を再び引き出す治療として注目されています。
MSCは骨髄、脂肪、臍帯(へその緒)などから採取でき、再生医療の分野で広く応用されています。慢性疼痛に対しては、以下のような複数の働きが期待されています。
組織を再生し、損傷に立ち向かう
長引く痛みの背景には、関節や椎間板、神経などの組織が傷ついたまま修復されない状態が続いていることがあります。MSCはそうした損傷部分に集まり、細胞の増殖や修復を促す成長因子(例:HGF、TGF-βなど)を放出することで、組織の再生をサポートします。
たとえば、椎間板が潰れて痛みを生じているような場合、MSCの投与によって椎間板の厚みや柔軟性が回復し、神経への圧迫が軽減されたという報告もあります。
炎症の暴走を止めて、痛みの増幅を防ぐ
慢性疼痛のもう一つの原因は、体内でくすぶり続ける炎症です。炎症性サイトカイン(TNF-αやIL-1βなど)が過剰に分泌され、神経や周囲の組織を刺激し続けると、痛みの信号が強まり悪循環に陥ります。
MSCは抗炎症性サイトカイン(IL-10など)を放出し、炎症性の物質を抑えることで、この悪循環を断ち切ります。たとえるなら、炎症という「火事」に対して免疫のブレーキ役を果たしてくれるのがMSCです。
神経の配線を整え、痛み信号を静める
神経そのものがダメージを受けている場合、過敏になった神経がほんの少しの刺激にも痛みとして反応するようになります。これは「神経障害性疼痛」と呼ばれる状態で、通常の痛み止めでは効果が薄いことが多いです。
MSCはNGF(神経成長因子)やBDNF(脳由来神経栄養因子)などを分泌し、損傷した神経の修復を促します。壊れた配線を“つなぎ直す”ように、痛み信号の異常な伝達を正常化することが期待されています。
血流を促し、治癒環境を整える
組織がうまく治らない背景には、血流の悪さも関係しています。特に筋肉や腱などでは、血液が届きにくい部位に損傷があると、回復に時間がかかってしまいます。
MSCはVEGF(血管内皮増殖因子)などを放出し、微小血管の再形成を助ける作用があります。それによって、酸素や栄養が届きやすくなり、組織の回復力が高まります。
こうした働きを総合すると、MSCは単に「痛みを感じにくくする薬」とは異なり、痛みの出る環境そのものを正常に戻すことを目指した治療だと言えます。まるで、体内の「消防士」と「修理屋」が一体になったような存在──それが幹細胞(MSC)です。
POINT
- 慢性疼痛の原因には、炎症・組織損傷・神経過敏などがある
- MSCは、炎症を抑え、組織を修復し、神経を整える多面的な働きを持つ
- 血流改善作用により、治癒を助ける環境も整えられる
- 痛みの“火種”に対処することで、症状を根本から和らげる治療アプローチ
痛みが消えない理由に挑む──慢性疼痛と幹細胞治療の「疾患別アプローチ」
慢性疼痛の特徴は、その「しつこさ」だけではありません。損傷組織の回復遅延、炎症の持続、神経の過敏化などが複雑に絡み合い、薬やリハビリでも抜け出せない悪循環を生んでいます。
そんな中、間葉系幹細胞(MSC)は、組織再生・炎症の鎮静・神経保護といった多層的な作用で「痛みの根本」にアプローチできる治療法として、疾患ごとに研究が進められています。ここでは、難治性慢性痛の代表的疾患ごとに、MSC治療の可能性を紹介します。
CRPS:暴走する痛みに、炎症と神経の“ブレーキ”を
CRPS(複合性局所疼痛症候群)は、軽いけがや骨折の後に発症し、患部に激しい痛みや腫れ、皮膚の変化、関節のこわばりが持続する疾患です。特徴的なのは、触れただけでも強烈な痛みを感じる「アロディニア」や、熱・寒さ・風といった刺激に過敏になる点で、日常生活が著しく制限されます。
この痛みは、局所の炎症が長引き、神経が過敏に反応し続ける“痛みの暴走”が背景にあります。通常の鎮痛薬や神経ブロックでは十分な改善が得られず、患者にとっては「何をしても効かない」苦しさが続きます。
幹細胞(MSC)はこの暴走に「ブレーキ」をかける可能性を秘めています。MSCが放出する抗炎症サイトカインや神経修復因子によって、炎症を鎮め、神経の興奮を落ち着かせる作用が期待されているのです。
実際に、他家MSCを静脈投与したCRPSの患者において、痛みのスコア低下や関節の動きの改善、生活動作の向上が見られたとの報告があります。また、米国クリーブランド・クリニックでは、NIH(米国国立衛生研究所)の助成のもとCRPSに対するMSC治療の治験が進行中であり、今後の治療法確立への期待が高まっています。
線維筋痛症:感じすぎる脳に“再起動”の可能性
線維筋痛症(Fibromyalgia)は、全身に原因不明の痛みやこわばり、倦怠感、不眠などが続く難治性疾患です。女性に多く、見た目からは異常がわかりにくいため、「怠け病」と誤解されることもあります。
その背景には、脳や中枢神経系の“痛みの過剰認識”=痛覚の増幅現象があるとされており、通常なら気にならない刺激も強い痛みとして認識されてしまうのです。
幹細胞(MSC)は、こうした異常な神経の反応そのものを「再起動=リセット」できる可能性があるとして注目されています。2023年の動物研究では、線維筋痛症モデルのラットにMSCを点滴投与した結果、脳内の炎症性サイトカインが低下し、神経細胞の保護・新生が促進されたとの結果が得られました。
また、細胞内の炎症スイッチ(NLRP3インフラマソーム)を抑制し、神経細胞の自己修復を促す“オートファジー”が活性化されたことも報告されています。
人での臨床試験はこれからですが、痛みの閾値が極端に下がってしまった神経システムを正常化するという点で、MSC治療は線維筋痛症に対するまったく新しい戦略となり得ます。将来的には、症状の重い患者さんを対象にした個別化治療の可能性も広がるでしょう。
椎間板性腰痛:背骨のクッションを「再生」して痛みを軽く
椎間板性腰痛は、背骨のクッションである「椎間板」が加齢や過度な負荷で潰れてしまい、神経を圧迫することで慢性的な腰痛を引き起こす疾患です。
従来は薬やリハビリで改善しなければ手術(固定術や椎間板置換)が検討されてきましたが、どちらも椎間板そのものを修復するわけではありません。それゆえ、「治す」ではなく「抑える」治療にとどまりがちでした。
そこに登場したのが、幹細胞を使って椎間板を再生するアプローチです。変性した椎間板にMSCを注入すると、軟骨様の組織が再形成され、神経への圧迫が緩和されると考えられています。
国際共同試験では、MSCを1回注入しただけで半数以上の患者の痛みが半分以下に改善し、効果は12か月以上持続したという結果が報告されています。また別の試験では、MSC治療を受けた患者の67%が日常動作の指標(ODI)で有意な改善を示し、オピオイド薬の使用量減少や外科手術の回避にもつながったとのデータもあります。
現在、日本を含む複数国で臨床研究が進行中であり、中等度の椎間板変性であれば、MSC治療が保存療法と手術の“あいだ”を埋める新たな選択肢になると期待されています。
神経障害性疼痛:壊れた神経を“つなぎ直す”一歩に
糖尿病性神経障害や帯状疱疹後神経痛、脊髄損傷後の慢性疼痛など、神経そのものの損傷が原因となる「神経障害性疼痛」は、非常に手強い痛みです。通常の痛み止めでは効きにくく、「神経は再生できない」という前提から治療選択肢が限られていました。
しかしMSCは、傷ついた神経に対して神経成長因子を放出して再生を促し、神経の周囲の炎症を鎮めるという“神経の環境を整える”働きをします。たとえるなら、焦げついた配線を一つひとつつなぎ直すような、丁寧な修復作業です。
重度の脊髄損傷患者を対象とした試験では、MSCを脊髄周囲(くも膜下腔)に投与することで、痛みの軽減に加え、触覚や排尿機能の改善まで見られたという報告があります。また、糖尿病性神経障害モデルでも、MSCが炎症性細胞の活性を抑え、髄鞘(神経の被膜)の再形成を促すことで、神経痛の緩和に寄与することが確認されています。
もちろん、損傷の程度や原因には個人差があるため、全員に効果があるとは言い切れませんが、少なくとも「再生は無理」という常識を覆す一歩として、MSC治療の存在は極めて意義深いといえるでしょう。
POINT
- 慢性疼痛の代表疾患(CRPS・線維筋痛症・椎間板性腰痛・神経障害性疼痛)で、幹細胞治療の研究が進んでいる
- それぞれの疾患において、炎症抑制・神経修復・組織再生など異なる作用が発揮されている
- 動物実験から臨床研究へと進展し、今後は保険診療への移行や標準治療化が期待されている
- 「治らない」とされてきた慢性痛に対し、MSCは根本的なアプローチとして希望をもたらしている
幹細胞治療は安全なのか──副作用と今後への備え
再生医療と聞くと「特別な治療」と感じる方もいるかもしれませんが、間葉系幹細胞(MSC)を用いた治療は、すでに世界中で数多くの臨床応用が行われており、一定の安全性が確認されつつあります。
拒絶反応や腫瘍化のリスクは極めて低い
MSCが注目される大きな理由のひとつに、免疫を刺激しにくい特性があります。患者自身の細胞(自家細胞)であれば拒絶反応は原理的に起きませんが、他人の細胞(他家細胞)を使う場合でも、MSCは免疫系の攻撃を受けにくいため、安全性が高いことが確認されています。
また、がん化のリスクについても、MSCは「成体幹細胞」に分類されており、iPS細胞などのような未分化性による腫瘍化リスクは極めて低いとされています。これまでの臨床研究でも、MSCが直接の原因とされる腫瘍の発生は報告されていません。
治療効果には個人差がある
MSC治療が効果を発揮するかどうかは、投与経路(点滴・局所注射)や使用する細胞の種類、病態の進行度などにより変わってきます。そのため、すべての方に一律に効果が現れるわけではなく、個別の状態に応じた適切な判断が求められます。
また、投与の回数や間隔、長期的な効果の持続性については、今後の臨床研究でさらに明らかにされていく必要があります。
信頼できる医療機関での治療を
幹細胞治療は、今なお進化し続ける分野です。効果を最大限に引き出し、安全に受けるためには、細胞の品質・培養環境・投与管理に責任を持つ医療機関で行うことが何よりも重要です。
私たちは、科学的根拠と国際的な安全基準に基づいた幹細胞治療の提供を心がけ、患者様一人ひとりの状態と目標に寄り添いながら、希望のある治療を実現してまいります。
POINT
- MSCは免疫刺激性が低く、がん化リスクも非常に低いため、安全性が高いとされている
- 効果の出方には個人差があり、病態や投与法によって最適な治療設計が求められる
- 治療を受ける際は、品質・管理・説明責任が明確な医療機関を選ぶことが大切
幹細胞が切り拓く“痛みからの解放”という選択肢
間葉系幹細胞(MSC)は、体の中でくすぶる炎症や組織の傷、神経の異常な反応といった“痛みの火種”に働きかけ、症状の根本から改善を図る治療法です。
再生医療の一領域として世界中で研究が進められ、CRPS、線維筋痛症、椎間板性腰痛、神経障害性疼痛など、従来では対処が難しかった慢性痛にも応用の可能性が見え始めています。
今までの「我慢するしかない」選択肢しかなかった状況に、新しい一歩を踏み出す勇気と希望をもたらす存在であることは確かです。
医療の進歩が、一人でも多くの方にとって「もう一度、前を向いて生きる力」となりますように――私たち23C JAPANは、これからもその可能性をまっすぐに追い続けていきます。
- 慢性疼痛に対するMSCの多面的作用(免疫調整・神経再生・血管新生など)と課題について解説した総説
Advances and challenges in cell therapy for neuropathic pain based on mesenchymal stem cells - CRPS患者への幹細胞治療により疼痛軽減と機能改善が得られた症例報告
Stem Cells for the Treatment of Complex Regional Pain Syndrome (CRPS): A Case Study - 線維筋痛症モデルラットにおいて骨髄由来MSC投与で疼痛行動の改善と脳内炎症の抑制が示された研究
Stem cells therapeutic effect in a reserpine-induced fibromyalgia rat model - 重度の椎間板変性による慢性腰痛患者に対し自家MSCを用いた治療の有効性を示した前向き比較試験
Evaluation of the Effectiveness of Autologous Bone Marrow MSCs in the Treatment of Chronic Low Back Pain Due to Severe Lumbar Spinal Degeneration (12-Month Study) - 変性椎間板性腰痛患者に対するMSC単回注入で12か月後までの疼痛軽減・機能改善が報告された国際共同試験
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