慢性疼痛への幹細胞治療について

慢性疼痛への幹細胞治療について

慢性疼痛と現在の治療の課題

慢性疼痛とは通常、3~6か月以上続く痛みを指し、怪我や病気が治った後も痛みが持続する状態です。

日本では成人の約4人に1人(約22.5%)が慢性的な痛みを抱えているとの推計があり、その患者数は約2,300万人にも上ります。慢性疼痛は生活の質(QOL)を著しく低下させ、日常生活や仕事への支障をきたす大きな問題となっています。

慢性疼痛に対して現在利用されている治療法には、鎮痛薬(非ステロイド性抗炎症薬やオピオイドなど)や神経障害性疼痛に対する薬物、理学療法、神経ブロック注射、場合によっては外科手術などがあります。

しかし、こうした従来の治療法は痛みの原因そのものに対処するというよりも症状を一時的に緩和する対症療法が中心です。そのため効果が持続しにくく、痛みが再発したり、薬剤の長期使用による副作用(胃腸障害や眠気、依存症など)の問題が生じたりすることがあります。

たとえば鎮痛薬やステロイド注射は一時的に痛みを和らげますが、効果が切れると痛みが戻りがちです。

また、オピオイド(医療用麻薬)の長期使用は耐性や依存のリスクも伴います。
こうした背景から、慢性疼痛に苦しむ患者さんにとってより根本的で持続的な痛みの軽減をもたらす新たな治療法が求められています。

慢性疼痛に対する幹細胞治療と再生医療の新たな可能性

こうした慢性疼痛の治療において近年注目されているのが、再生医療の一分野である幹細胞治療です。幹細胞治療とは、体の中で様々な細胞に分化できる「幹細胞」を用いて、損傷した組織の修復や機能回復を図る治療法です。

痛みそのものを抑えるのではなく、痛みの原因となっている組織の損傷や炎症を根本から改善できる可能性があるため、慢性疼痛に対する新たなアプローチとして期待されていますMSCは体内の様々な組織に存在し、自己複製と多分化能を持つ幹細胞です。

骨や軟骨、筋肉など多様な細胞に分化できるため、損傷組織の修復や再生を促す能力があります。こうした特性から再生医療の分野で盛んに研究されており、慢性疼痛の治療にも応用が期待されています。

中でも、臍帯(へその緒)にあるゼリー状の組織ウォートンジェリー(Wharton’s Jelly)から採取される間葉系幹細胞(WJ-MSC)が注目されています。

WJ-MSCは増殖能と多分化能が特に高く、骨髄や脂肪など他の由来のMSCに比べて免疫原性が低く拒絶反応を起こしにくい特性があります。そのため再生医療の様々な治療で優先して用いられるケースが増えています。

さらに、臍帯由来の幹細胞は出産時に得られる細胞であるため、採取に伴う痛みやリスクがなく、胚(受精卵)由来の幹細胞のような倫理的問題も生じません。

新生児由来の細胞であることから細胞自体が若く活力があり、こうした特長も相まってWJ-MSCは慢性疼痛への再生医療で用いる細胞源として大きな期待が寄せられています。

ウォートンジェリー幹細胞について
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慢性疼痛に対する幹細胞治療の作用メカニズム

幹細胞(特にMSC)が慢性疼痛を緩和すると考えられているのは、これらの細胞が抗炎症作用と組織再生作用を兼ね備えているためです。

慢性疼痛の多くは、局所の慢性的な炎症や組織の損傷が原因で痛み刺激が持続的に発生している状態と言えます。

MSCは炎症の現場に集まり、炎症を促進するサイトカイン(炎症性物質)の放出を抑えつつ、逆に炎症を鎮めるサイトカインや成長因子を分泌して環境を整えます。その結果、患部の炎症状態が改善し、痛みを引き起こす刺激が減少します。

さらにMSCは、炎症を抑えるだけでなく損傷した組織そのものの修復・再生を促します。

例えば、関節に注入されたMSCは軟骨細胞(コンドロサイト)に分化して傷んだ軟骨の修復を促すことが報告されています。また、MSCが放出する成長因子は組織の血流改善や細胞の増殖を助け、損傷した神経や筋肉などの回復を後押しします。

こうした組織再生効果により、痛みの原因となっていた組織のダメージが次第に改善され、痛みそのものが長期的に軽減・消失する可能性があります。

さらに、MSCが放出する物質には鎮痛を助ける作用もあると考えられています。

例えばMSCが分泌する成長因子の中には、痛みの信号伝達を抑制し痛覚受容体の敏感さを和らげることで、直接的に痛みを感じにくくする効果を持つものがあります。

このようにMSCは、炎症の鎮静化・組織修復・痛みの伝達抑制という複数の経路から痛みを緩和し、症状の改善だけでなく痛みの原因への対処にも寄与する複合的な治療効果を発揮します。

慢性疼痛に対する幹細胞治療の有効性のエビデンス

幹細胞治療による慢性疼痛の軽減効果は、基礎研究や臨床研究において徐々に明らかになってきています。

動物を用いた実験(前臨床研究)では、変形性関節症による疼痛モデルや神経損傷による疼痛モデルに対し、MSCの投与が痛みの指標を有意に改善することが数多く報告されています。

例えば、変形性関節症モデルではMSC投与後に関節の炎症や軟骨破壊が抑えられ、痛みの閾値が改善しました。

また、末梢神経損傷や脊髄損傷による神経因性疼痛モデルでも、MSCが炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6 など)の産生を低下させ、中枢神経系で痛み信号の異常な増幅(中枢感作)を抑制することで、痛覚過敏が軽減されています。

ヒトを対象とした臨床研究においても、幹細胞治療の有効性に関する報告が増えてきています。

変形性関節症の患者に自己あるいはドナー由来のMSCを関節内注射した臨床試験では、関節の痛みが有意に減少し、可動域や歩行能力などの機能が改善したとの結果が報告されています。

慢性の腰痛症に対する研究でも、椎間板や椎間関節にMSCを注射することで痛みのスコアが治療前と比べて大幅に改善し、日常生活動作の向上が見られました。

特にウォートンジェリー由来MSCを用いたある臨床報告では、治療後の痛みの程度が50%以上減少し、その効果が長期間持続したことが示されています。

こうした疼痛軽減に加え、MSC治療を受けた患者では鎮痛薬の使用量が減少したとの報告もあります。

実際に、幹細胞治療後にそれまで常用していた痛み止めを減らしたり中止できたりする患者さんもおり、副作用の多い薬剤への依存度を下げられることは大きな利点です。

さらに、ステロイド注射や外科手術のように効果が一過性だったり身体への侵襲が大きかったりする従来治療と比べて、幹細胞治療は持続的な痛みの改善と低侵襲(身体への負担が少ない)という点で優れていることが示唆されています。

これらのエビデンスは、従来の治療で十分な効果が得られなかった慢性疼痛患者に対して、幹細胞治療が有望な新たな選択肢となり得ることを示しています。

慢性疼痛に対する幹細胞治療の安全性と副作用

新しい治療を検討する際に気になるのが安全性ですが、幹細胞治療(特にMSC療法)の安全性はこれまでの研究でおおむね良好であることが示されています。

多くの臨床試験のデータをまとめたメタ分析においても、MSC投与に関連する深刻な副作用は報告されておらず、わずかな一時的発熱や注射部位の痛み、軽い倦怠感といった軽度の副反応がみられた程度でした。

このことから、適切な手順で実施されるMSC治療は比較的安全な治療法であると考えられています。

ウォートンジェリー由来MSCは胎児由来の幹細胞ですが、先述のように免疫的な特性により他人に投与しても拒絶反応(免疫拒否反応)を起こしにくいことが知られています。

そのため、患者さん自身の細胞を採取・培養することが難しい場合でも、ドナーから提供された臍帯由来のMSCを用いて治療を行うことが可能です。

さらに、ウォートンジェリーMSCは腫瘍を形成しない(非腫瘍性)ことが示されており、その点でも安全性が確認されています。こうした同種幹細胞移植でも安全に実施できる点は、大きな利点です。

幹細胞治療に伴う一般的な短期的副作用としては、注射や点滴による治療直後に倦怠感や頭痛、悪寒、微熱などが起こるケースも報告されています。

しかし、これらはいずれも一過性であり、適切な管理のもとで大きな問題となるものではありません。

従来の痛み止め薬による胃腸障害やオピオイドによる依存性、あるいは外科手術のような侵襲的治療と比べても、幹細胞治療の副作用は少なく患者さんへの負担が軽いと考えられています。

おわりに

慢性疼痛に対する幹細胞治療は、単に痛みを抑えるだけでなく、痛みの根本原因に働きかけて組織の修復と機能回復を促す、これまでにないアプローチです。

ウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)を用いた再生医療の発展により、長年痛みに悩まされてきた患者さんにも新たな希望の光が差し込もうとしています。

既に安全性と有効性については多くの報告が蓄積されており、今後さらに臨床研究が進むことで、幹細胞治療が慢性疼痛治療の選択肢として一層確立されていくことが期待されます。

慢性疼痛でお悩みの方にとって、幹細胞治療は痛みからの解放と生活の質の向上に向けた大きな希望となり得る最先端の治療法です。

最新の知見を踏まえた適切な治療を受けることで、慢性的な痛みが和らぎ、より快適な日常生活を取り戻せる可能性が広がっています。

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