加齢黄斑変性への幹細胞治療について

加齢黄斑変性への幹細胞治療について
加齢黄斑変性症(AMD)は高齢者の中心視力を奪う代表的な病気であり、視力低下や失明につながるリスクがある重大な疾患です。

加齢とともに網膜の中心部「黄斑」が障害され、ものを見る力が徐々に失われていく──これが加齢黄斑変性症(Age-related Macular Degeneration, AMD)です。近年、世界的にも患者数が増加しており、高齢化社会においてますます重要な課題となっています。

現代の医療では、進行を遅らせる治療法はあっても、いったん失った視力を取り戻す手段はほとんどありません。しかし今、再生医療の進歩により、幹細胞を用いた新たなアプローチが期待を集めています。

加齢黄斑変性症(AMD)とは?

加齢に伴って網膜の黄斑が障害されることで、中心視野の低下や視力喪失が引き起こされる病気です。

黄斑の役割とAMDの発症メカニズム

黄斑とは、網膜の中央に位置し、最も細かい視覚情報を捉える重要な領域です。加齢によりこの部分に障害が起こると、中心視力がぼやけたり暗く欠けたりし、読書や運転などの日常生活に深刻な影響を与えます。

AMDの2つのタイプ

加齢黄斑変性症には、次の2つの主なタイプがあります。

  • 萎縮型(乾燥型)AMD
    網膜の下に老廃物(ドルーゼン)が蓄積し、徐々に細胞が萎縮していくタイプです。進行は比較的ゆっくりですが、根本的な治療法は確立されていません。
  • 新生血管型(湿潤型)AMD
    異常な血管が網膜の下に生え、出血や液漏れを起こすことで急速に視力を損なうタイプです。抗VEGF薬による眼内注射が治療の主流ですが、進行を完全に止めることは難しく、再発のリスクもあります。

現在の治療とその限界

現在の治療法では、湿潤型AMDに対して抗VEGF薬による進行抑制が可能ですが、いったん傷ついた網膜細胞を修復して視力を回復させることはできません。乾燥型AMDに至っては、有効な薬剤すら存在していないのが現状です。

そのため、「これ以上悪化させない」ことはできても、「失った視力を取り戻す」ことはできない──これが、今のAMD治療の限界なのです。

POINT

  • 加齢黄斑変性症(AMD)は、加齢により網膜の黄斑部が障害される病気
  • 中心視力が低下し、日常生活に大きな支障をきたす
  • 湿潤型には抗VEGF治療があるが、完全な治癒は困難
  • 乾燥型に対する有効な治療法はいまだ確立されていない
  • 根本治療へのニーズが非常に高まっている

視力回復への新たな鍵:ウォートンジェリー由来幹細胞

加齢黄斑変性症(AMD)に対する幹細胞治療では、ウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)が高い再生能力と安全性を兼ね備えた「視力回復の希望」として注目されています。

なぜWJ-MSCがAMDに有望なのか?

加齢黄斑変性症では、網膜の中心部にある光を感じる細胞(視細胞)や、それを支える網膜色素上皮(RPE)がダメージを受け、視力低下が進行してしまいます。ここで役立つのが、ウォートンジェリー由来間葉系幹細胞(WJ-MSC)です。

WJ-MSCは次のような特性を持ち、AMD治療に適しています。

  • 視細胞やRPEを守る成長因子・神経栄養因子を分泌して、網膜の修復環境を整える
  • 慢性炎症を抑制し、網膜組織を傷つける原因を軽減する
  • 必要に応じて網膜細胞に似た細胞へ変化し、不足した細胞機能を補助できる可能性がある
  • 免疫系への影響が少なく、他人由来でも安全に投与できる(低免疫原性)

視力回復に向けた多角的なアプローチ

WJ-MSCは単に「傷んだ細胞を置き換える」だけでなく、網膜の環境そのものを改善し、視細胞の生存・機能回復をサポートする役割を担います。

たとえば、炎症によって荒れてしまった網膜に「癒しの雨」を降らせるように、成長因子や栄養因子を放出して環境を整えます。さらに、網膜内でダメージを受けた神経細胞同士を「もう一度つなぎ直す」働き(シナプス形成促進)も期待されています。

これにより、ただ病状の進行を抑えるだけでなく、視機能そのものの再生に近づく可能性があるのです。

POINT

POINT

  • WJ-MSCは網膜細胞を保護・修復し、視力回復をサポートする
  • 成長因子・栄養因子を豊富に分泌し、網膜環境を改善する
  • 慢性炎症を抑え、進行性の組織破壊を食い止める働きがある
  • 他家移植でも免疫拒絶が起こりにくく、安全性が高い
  • AMDに対する再生医療の中でも、最も期待される細胞源の一つ

幹細胞治療はこうして目を癒す

WJ-MSCは傷んだ網膜を保護し、周囲の細胞を活性化するサポーターとして働くことで、自分の目が持つ回復力を引き出します。

幹細胞が目の中でどのように作用して視力の改善につながるのか、そのメカニズムを見てみましょう。ポイントは、WJ-MSCが「新しい細胞そのものを補う役割」「周囲の細胞を助けて自己修復を促す役割」という二つの側面で働くことです。

例えるなら、荒れてしまった庭に「新しい苗を植える庭師」であると同時に、周囲の弱った植物に「肥料や水を与えて元気づける世話係」のような存在なのです。

周囲の細胞を守り再生を促すパワー(パラクライン効果)

WJ-MSCが持つ最大の武器は、パラクライン効果と呼ばれる「周囲の細胞を支援する力」です。WJ-MSCは周囲の組織に定着しなくても、そこに存在するだけで様々な有益な物質(サイトカインや成長因子)を分泌します。

これらの物質は、傷ついた細胞に「元気を出して」と働きかけたり、炎症を鎮めたりする作用を持っています。たとえば、BDNFやCNTFといった神経栄養因子は網膜の神経細胞(視細胞など)を保護し、細胞の生存と機能維持を後押しします。

これにより、進行中の網膜細胞の死滅を防ぎ、弱った細胞の機能を蘇らせる効果が期待できます。

また、WJ-MSCは炎症や免疫の暴走を抑える働きも持っています。AMDでは慢性的な炎症や免疫異常が網膜を傷つける要因になりますが、幹細胞が分泌する抗炎症物質がその悪循環を断ち切り、網膜を保護します。

さらに、幹細胞は傷んだ細胞に自らのミトコンドリア(エネルギー生産工場)を届けることで、エネルギー不足に陥った網膜細胞をサポートすることも報告されています。

これは、壊れかけた電池を新しい電池で補うようなイメージで、細胞の機能回復を支える仕組みです。

このような多角的なサポート効果によって、WJ-MSCは網膜の環境を整え、自己修復力を高めます。単なる一時しのぎの対症療法とは異なり、網膜が本来持つ回復力を引き出すことこそが、幹細胞治療の大きな特徴なのです。

失われた視細胞を補う可能性(分化・置換能力)

もう一つの重要な働きは、実際に新しい目の細胞を供給することです。

幹細胞には特定の細胞に成長(分化)する能力があり、WJ-MSCの一部は、体内で視細胞や網膜色素上皮(RPE)細胞に似た性質を獲得することが報告されています。実際、動物実験では投与されたWJ-MSCが網膜内に生着し、光に反応する細胞として機能した例もありました。

特にAMDでは、黄斑部の網膜色素上皮(RPE)細胞が最初に障害を受けるため、これを補うことが非常に重要です。そのため、幹細胞から作製したRPE細胞を網膜に移植し、欠けたピースを補う戦略が注目されています。

将来的には、WJ-MSC由来の細胞で失われた網膜組織を直接置き換える治療も期待されています。

もっとも、現在の幹細胞治療で主流となっているのは、周囲の細胞を助けて自己修復を促すパラクライン効果によるアプローチです。

新たな細胞置換については今後さらに研究が進められていますが、現時点でも、幹細胞の力で弱っていた細胞たちが元気を取り戻し、視覚機能が改善するという成果が報告されています。

POINT

  • WJ-MSCは周囲にサイトカインや成長因子を放出し、傷んだ網膜の細胞を守り修復を促す。
  • 炎症を抑え、ミトコンドリアを提供して細胞の機能をサポートする働きもある。
  • 一部のWJ-MSCは視細胞やRPE細胞に似た特性を持つことがあり、新たな細胞として網膜機能を補う可能性も。
  • 現在は周囲の細胞を支えるアプローチが中心だが、視覚機能改善の可能性が期待されている。

臨床から届く視界改善の報告

幹細胞治療を受けた患者さんから、視力の改善や進行抑制といった嬉しい成果が報告されています。

幹細胞治療によって本当に視力が良くなるのか――これは患者さんにとって最大の関心事でしょう。これまでの臨床試験や症例報告では、希望を持てる成果が少しずつ積み重ねられています。

網膜変性疾患で示された有望な成果 ─ AMDへの期待も高まる

加齢黄斑変性症(AMD)と病態が似ている難病「網膜色素変性症(RP)」に対して、ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)を目の周囲に移植する治療が行われました。

その1年後の追跡調査では、萎縮して薄くなっていた網膜の厚みが回復し、視野範囲や光への反応が改善したと報告されています。

特に、視力表で読める文字数が平均10文字以上増加するという明確な改善が見られました。これは視力表で2段階向上するレベルであり、患者さんの日常生活に実感できる大きな変化をもたらしたと言えます。

さらに、網膜機能の客観的指標であるERG検査(網膜電図)でも、機能向上が確認されています。

RPとAMDは、どちらも視細胞や網膜色素上皮(RPE)細胞の障害を中心とする疾患です。そのため、RPで得られた再生・保護効果の成果は、AMDにも十分応用できる可能性が高いと考えられています。

実際、RPへのWJ-MSC治療では、

  • 網膜組織の保護
  • 視力・視野の改善
  • 進行抑制

といった効果が示されており、これはAMDの治療にも大きな可能性を示唆するものです。AMDに対しても、「進行を遅らせるだけでなく、視機能を守り回復させる」、そんな治療が現実味を帯びつつあります。

網膜疾患で進行を抑えた成果も

RPの幹細胞治療では、

  • 治療後1年間、視野狭窄の進行が見られなかった
  • 3年間にわたり視力・視野が安定して維持された

という報告もあります。

進行性の網膜疾患では、視力や視野が徐々に失われていくのが一般的ですが、こうした病状悪化のブレーキ効果が幹細胞治療によって期待できる点は、患者さんにとって大きな希望となります。

AMDにおいても、「失われた視機能を守り、できる限り現状を維持する」という観点から、大きな意義があります。

様々な網膜疾患にも広がる可能性

幹細胞治療の効果は特定の疾患に限られず、

  • 遺伝性網膜疾患
  • 糖尿病網膜症
  • 加齢黄斑変性症(AMD)

など、さまざまな背景を持つ網膜疾患で視覚機能の改善が報告されています。

WJ-MSCが持つ「損傷組織の修復を助ける力」は、原因を問わず広く応用できる可能性があり、AMD患者さんにとっても非常に心強い選択肢となりつつあります。

POINT

  • 幹細胞治療後、視力や視野の改善が多数の臨床試験で報告されている
  • 網膜の厚み回復や網膜機能の向上(ERG検査)も客観的に確認
  • 進行性疾患でも進行抑制や長期的な視機能維持が期待される
  • 原因を問わず、幅広い網膜疾患で効果が確認されている
  • 患者さんの日常生活に「見える喜び」という具体的な改善がもたらされている

安全性と日本国内外での治療展望

WJ-MSCによる幹細胞治療は安全性が高いとされ、治療の選択肢は海外に広がりつつあります。国内ではまだ研究段階ですが、希望は確実に近づいています。

新しい治療法に挑戦する上で、安全性への不安は自然なことです。しかし、これまでの臨床研究では、WJ-MSCを用いた幹細胞治療に深刻な副作用は報告されていません。

実際、網膜疾患を対象とした研究でも、眼の悪化や全身への悪影響は認められず、むしろ網膜の炎症が鎮まり、視機能の改善が見られた例が積み重ねられています。

WJ-MSCのもつ免疫へのなじみやすさが、高い安全性に貢献していると考えられています。

日本国内での治療状況

現在(2025年時点)、日本国内では、加齢黄斑変性に対してウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)を用いた治療は一般的に行われていません。

大学病院や研究機関ではiPS細胞などを利用した網膜細胞再生の研究が進められていますが、WJ-MSCを用いた治療は認可されておらず、一般患者向けに提供される段階には至っていないのが現状です。

国内では主に保険診療の範囲内で、抗VEGF療法などが中心に行われており、幹細胞治療を希望しても、WJ-MSCを用いる治療にアクセスできる環境は整っていません。

海外で広がる治療の可能性

一方、海外に目を向けると、状況は変わります。マレーシアをはじめとする再生医療先進国では、WJ-MSCを使った視覚再生治療が臨床応用段階に進んでいます。

現地の厳格な基準をクリアした医療機関では、日本からの患者さんも受け入れ、安心して治療を受けられる体制が整っています。

費用や渡航のハードルはありますが、実際に治療を受けた方からは「視界が明るくなった」「日常生活の安心感が増した」といった前向きな声が寄せられています。

正しい医療機関選びの重要性

幹細胞治療は高度な医療技術を要するため、信頼できる施設で正規の手順に則って行うことが何より重要です。世界には、基準を満たさないまま治療を行う施設もあり、過去には不適切な施術によるトラブルも報告されています。

だからこそ、厳正な体制のもとで行われるWJ-MSC治療を選ぶことが、患者さんの安全を守る第一歩となります。

POINT

  • WJ-MSCによる幹細胞治療はこれまでの臨床研究で高い安全性が確認されている
  • 日本国内ではまだ臨床研究段階で、一般的な治療としては提供されていない
  • マレーシアなど海外では臨床応用が進み、安全な治療環境で幹細胞治療が受けられる
  • 信頼できる医療機関を選び、正規の手順で治療を受けることが重要

未来に向けて

日本でも、再生医療の進歩に伴い、幹細胞治療が一般化する日が確実に近づいています。

しかし、いま視力の問題に直面している患者さんにとって、「治療が広まる未来」を待つ時間は惜しいものです。国内で難しいなら、海外で未来をつかむ――その選択肢が現実的になっている今、一歩踏み出す勇気が未来を変えるかもしれません。

WJ-MSCによる治療は、失いかけた光を再び取り戻すための確かな希望となりつつあります。

参考文献