臍帯由来のウォートンジェリー幹細胞が拒絶反応のリスクが極めて低い理由

ウォートンジェリー幹細胞とは、出産時に得られる臍帯(へその緒)の中の「ウォートンジェリー」と呼ばれるゼラチン質から採取される幹細胞です。

このウォートンジェリーは臍帯の血管を包む柔らかな結合組織で、この部位には間葉系幹細胞(MSC)が豊富に含まれています[1]。間葉系幹細胞は骨や軟骨、脂肪など様々な組織に分化できる再生医療で注目される細胞です。

特にウォートンジェリー由来の幹細胞(WJ-MSC)は他人に移植しても拒絶反応を起こしにくいとされ、次世代の幹細胞治療において有望視されています。

本記事では、専門的な免疫学の背景に触れながら、なぜWJ-MSCが拒絶反応を極めて起こしにくいのか、その理由をわかりやすく解説します。

拒絶反応とは何か?HLAとの関係

移植医療において問題となる「拒絶反応」とは、体の免疫システムが移植された臓器や細胞を「自分のものではない」と認識し、異物として攻撃・排除しようとする反応のことを指します。

私たちの免疫は、通常ウイルスや細菌などの病原体から体を守る働きを担っていますが、この防御機能が移植治療においては逆に不都合を生じさせることがあります。

例えば臓器移植では、提供された臓器の表面にある情報を免疫細胞が「異物」と判断した場合、リンパ球などが攻撃を開始し、移植された臓器が損傷を受けてしまいます。

これが「拒絶反応」と呼ばれる現象です。

この免疫の識別に深く関わっているのが、HLA(ヒト白血球抗原)と呼ばれるタンパク質です。HLAはすべての細胞の表面に存在し、個人ごとに異なる「体のID」のような役割を果たしています。
免疫細胞はこのHLAをチェックすることで、「自己」か「非自己」かを判断しています。

そのため、移植においては、ドナー(提供者)とレシピエント(受け手)のHLA型が異なっていると、免疫システムが移植細胞を異物とみなし、拒絶反応を引き起こす可能性が高くなります。

この拒絶反応を防ぐために、医療機関では通常、ドナーとレシピエントのHLA型ができるだけ一致するよう慎重に適合検査を行います。

さらに、拒絶リスクが残る場合には、必要に応じて免疫抑制剤を併用することで、免疫の働きを抑え、安全に移植を行えるようにします。

ウォートンジェリー幹細胞が拒絶されにくい理由

ウォートンジェリー幹細胞(WJ-MSC)が移植後に拒絶反応を起こしにくいのは、いくつかの免疫学的な特徴によるものです。
以下に、その主要な要因を解説します。

HLA抗原の発現が極めて低い

WJ-MSCは、その細胞表面におけるHLA(ヒト白血球抗原)の発現量が非常に少ないという特徴があります。
HLAは免疫細胞が「自己」と「非自己」を識別する重要な目印であり、移植医療では免疫拒絶の鍵となる分子です。[3]

具体的には、自己の細胞であることを示すMHCクラスI抗原(HLA-ABC)はごく低レベルしか発現しておらず、さらに他人の免疫系に強く反応されやすいMHCクラスII抗原(HLA-DR)に至っては、ほとんど発現していません。

このような発現の低さにより、WJ-MSCは免疫細胞、特にT細胞に「異物」として認識されにくくなっています。

その結果として、WJ-MSCの免疫原性、すなわち免疫反応を引き起こす性質は極めて低く抑えられており、同種移植(他人から提供された細胞)であっても高い受容性が期待できるのです。

免疫細胞を活性化する「共刺激シグナル」を持たない

通常、私たちの免疫システムが外部からの異物に対して強い反応を示すには、2つの信号が必要です。1つ目は「HLA抗原」による認識、そして2つ目が「共刺激シグナル」と呼ばれる補助的な刺激です。

T細胞やB細胞などのリンパ球が本格的に活性化し、攻撃を始めるためには、この両方の信号が揃う必要があります。

共刺激シグナルは、CD80やCD86といった分子によって伝達されますが、ウォートンジェリー幹細胞(WJ-MSC)は、これらの共刺激分子をほとんど発現していないことが複数の研究により明らかになっています。

そのため、仮にWJ-MSCが免疫細胞に見つかったとしても、「攻撃してよい」という第二の合図が伝わらないため、T細胞が完全に活性化せず、拒絶反応へとつながりにくいのです。

この特徴は、WJ-MSCが体内で穏やかに受け入れられる大きな要因の一つといえます。

免疫抑制性のサイトカインを分泌して炎症を抑える

ウォートンジェリー幹細胞(WJ-MSC)は、単に免疫から攻撃されにくいだけでなく、周囲の免疫の働きを調整する「制御機能」も持ち合わせています。

その主な手段が、サイトカインと呼ばれる細胞間の情報伝達物質の分泌です。

WJ-MSCは、特に免疫の過剰な反応を抑える作用をもつ「インターロイキン10(IL-10)」や「トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)」といった抗炎症性サイトカインを高いレベルで分泌することが知られています。[4]

これらの物質は、免疫細胞の過剰な活性を抑制し、炎症反応を鎮める働きがあります。

このように、WJ-MSCは自らの周囲に免疫反応が起こりにくい環境を作り出すことができ、その結果として、移植後も体内で安定して生着しやすくなります。

これは、拒絶反応の回避につながる重要な要素のひとつです。

免疫寛容に関与するHLA-Gという分子を発現

ウォートンジェリー幹細胞(WJ-MSC)は、HLAの中でも特別な型である「HLA-G」と呼ばれる分子を発現することが知られています。
HLA-Gは、妊娠中に胎児が母体の免疫系から排除されないように働く「免疫寛容因子」として、自然界でも重要な役割を果たしています[5]

このHLA-Gを発現することで、WJ-MSCは体内に移植された際にも、免疫細胞からの攻撃を受けにくくなります。
HLA-Gは、免疫の働きを抑える「制御性T細胞(Treg)」の増加を誘導することが分かっており、過剰な免疫反応を穏やかに鎮める働きがあります。

このように、WJ-MSCは免疫から「敵」と見なされにくい構造を持っているだけでなく、積極的に免疫の緊張を和らげ、受け入れられやすい環境を体内に作り出す能力を持っています。

POINT
以上のように、ウォートンジェリー幹細胞は「目立たない」「刺激しない」「むしろ免疫を落ち着かせる」という三拍子揃った特性を持っています。
これらが合わさって、他人に由来する細胞でありながら拒絶反応のリスクが極めて低いというユニークな性質を実現しています。

ウォートンジェリーが血液を含まないことの意義

ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)が拒絶反応を起こしにくい理由の一つとして、「ウォートンジェリー組織には血液成分が含まれていない」という点が挙げられます。[2]

これは、WJ-MSCを他人に移植する際の免疫的な安全性に大きく関係しています。

臍帯の中にあるウォートンジェリーは、血管を包む結合組織であり、赤血球や白血球といった血液成分を含んでいません。
そのため、この部位から採取された幹細胞には、血液型に関わる抗原やドナー由来の免疫細胞(リンパ球など)が混入する可能性が極めて低くなります。

この特徴は、移植時に「ドナーの血液型抗原や免疫細胞が一緒に体内に入ってしまう」というリスクを回避できるという意味で、技術的にも免疫学的にも大きな利点です。

実際に、骨髄など他の組織から採取された幹細胞であっても、ABO式血液型に関わる抗原はほとんど発現していないことが確認されています。

そのため、血液型が一致していなくても、幹細胞移植が成立するケースは多くあります。しかし、WJ-MSCのように「採取段階から血液由来の成分を含まない」点は、さらなる安心材料となります。

さらに、ウォートンジェリー由来の細胞製剤には、T細胞やB細胞といったドナー由来の免疫細胞が混ざりにくいため、移植片が受け手の免疫を逆に攻撃する「移植片対宿主病(GVHD)」のリスクも極めて低いとされています。

このように、「血液を含まない」構造は、WJ-MSCが免疫拒絶の回避において優れた特性を発揮するための補完的な要因として、重要な意義を持っているのです。

POINT
ウォートンジェリー幹細胞は、血液成分を含まない組織から採取されるため、血液型抗原や免疫細胞が混入しにくく、他人に移植しても拒絶されにくいという特性があります。
そのため、免疫面でも安全性が高く、GVHD(移植片対宿主病)のリスクも極めて低いのが特徴です。

拒絶反応のリスク比較:
ウォートンジェリー・骨髄・脂肪由来幹細胞

幹細胞治療において、移植された細胞に対する免疫拒絶反応は避けるべき重要な課題です。
ここでは、「ウォートンジェリー幹細胞」「骨髄由来幹細胞」「脂肪由来幹細胞(※脂肪は自家移植を想定)」の3つの代表的な幹細胞について、拒絶反応のリスクという観点から比較します。

ウォートンジェリー幹細胞(WJ-MSC)

  • WJ-MSCは、HLA抗原の発現が非常に少なく、特に免疫細胞による強い反応を引き起こすHLA-DRの発現はほぼ見られません。
  • さらに、T細胞を活性化させる共刺激分子(CD80やCD86など)もほとんど持たず、免疫細胞による攻撃を受けにくい構造をしています。
  • IL-10やTGF-βといった免疫抑制性のサイトカインを高レベルで分泌することから、炎症を抑え、免疫の働きを穏やかに保つ環境を作り出します。
  • 新生児の臍帯由来であるため、細胞が非常に若く、加齢や環境によるダメージの影響を受けていないという点も利点です。
  • 採取されるウォートンジェリーには血液成分が含まれておらず、ABO抗原や免疫細胞の混入リスクが極めて低いため、安全性が高いとされています。

これらの特徴から、WJ-MSCは同種異系(他人からの)移植であっても免疫拒絶を起こしにくく、非常に高い移植適合性が期待されています。

骨髄由来幹細胞(BM-MSC)

  • 骨髄由来のMSCは、HLAクラスI(HLA-ABC)を中程度に発現しており、体内の炎症環境下ではHLA-DR(クラスII)の発現も誘導されやすく、免疫の標的になりやすい傾向があります。
  • 状況によっては共刺激分子を発現することがあり、それがT細胞を活性化し、拒絶反応の引き金となる可能性があります。
  • IL-10やTGF-βの分泌もありますが、年齢や個体差の影響を受けやすく、その抑制効果にはばらつきがあるとされています。
  • 骨髄の採取には侵襲が伴い、高齢者由来の細胞では、免疫刺激性の増加や機能低下が懸念されることがあります。

このような背景から、骨髄MSCは自己移植では比較的安全性が高い一方で、同種移植の場合には免疫抑制などの対策が必要になるケースもあります。

脂肪由来幹細胞(AD-MSC、自家移植想定)

  • 自分自身の脂肪組織から採取した幹細胞を用いる自家移植の場合、免疫系はそれを異物とは認識しないため、理論上拒絶反応のリスクはほぼありません。
  • HLAの型が完全に一致しているため、免疫系の攻撃を受ける可能性は極めて低く、事前の適合検査も不要です。
  • ただし、炎症が強い部位に移植した場合など、局所の免疫環境によって予期せぬ反応が起こる可能性は完全には否定できません。
  • また、脂肪由来の細胞はドナーの年齢や健康状態の影響を受けやすく、細胞の質や再生能力に個人差が生じやすい点には留意が必要です。

脂肪由来MSCは、自家移植における免疫拒絶の観点では非常に安全性が高いものの、細胞機能や効果の安定性には課題が残る場合があります。

スクロールできます
特徴 ウォートンジェリー
幹細胞
骨髄由来幹細胞 脂肪由来幹細胞
(自家)
HLA発現量 非常に低い 中程度 自己細胞のため問題なし
HLA-DRの誘導性 ほぼ誘導されない 誘導されやすい 同上
共刺激分子
(CD80/CD86など)
ほとんどなし 条件により発現 同上
免疫抑制
サイトカイン分泌
高い 中程度 個体差あり
細胞の若さ 非常に若い 成人(加齢影響あり) 成人(加齢影響あり)
採取時の血液成分
混入リスク
ほぼなし あり 少ない
拒絶反応リスク 非常に低い 中程度 極めて低い(理論上ゼロ)

まとめ

ウォートンジェリー由来幹細胞(WJ-MSC)が拒絶反応を起こしにくい理由は、複数の免疫学的特徴に由来します。まず、HLA(ヒト白血球抗原)の発現量が非常に低いため、免疫細胞に見つかりにくく、「目立たない」性質を持っています。

さらに、T細胞を活性化させる共刺激分子をほとんど持たず、免疫系を「刺激しない」状態を保ちます。

加えて、IL-10やTGF-βといった免疫抑制性サイトカインを分泌し、HLA-Gの発現を通じて免疫の過剰な反応を抑えることで、「免疫を味方につける」働きも備えています。
これらの要素が組み合わさることで、WJ-MSCは他人由来の細胞であっても体内にスムーズに受け入れられ、生着しやすくなっています。

このような「免疫寛容性」を本質的に備えているWJ-MSCは、まさに免疫学的に特権的な性質を持つ細胞であり、幹細胞治療や再生医療における極めて有望な選択肢です。
すでに多くの研究が進行中であり、今後は拒絶反応を気にせずに活用できる「汎用的な幹細胞ソース」として、さらに幅広い医療応用が期待されています。

参考文献

ウォートンジェリー(WJ)は臍帯内にあるゼラチン質の組織で、筋線維芽細胞様の間質細胞を含んでいます。WJに存在する特有の細胞集団の中で、幹細胞性を持つとされているのが間葉系幹細胞(MSC)です。

出典:Wharton’s Jelly-Derived Mesenchymal Stem Cells: Phenotypic Characterization and Optimizing Their Therapeutic Potential for Clinical Applications

ウォートンジェリーはヒト臍帯から抽出され、免疫特権組織に分類されます。これは免疫反応を引き起こさないことを意味します。

出典:Wharton’s Jelly Tissue Allograft for Connective Tissue Defects Surrounding Nerves in the Tarsal Tunnel: A Retrospective Case Series

WJ-MSCは免疫原性が低い細胞です。なぜなら、MHCクラスI(HLA-ABC)の発現が低く、T細胞やB細胞反応を刺激するMHCクラスII(HLA-DR)および共刺激抗原(CD80、CD86)を発現していないからです。

出典:Wharton’s jelly mesenchymal stem cells: Future regenerative medicine for clinical applications in mitigation of radiation injury

WJ-MSCは、免疫寛容を促すIL-10を大量に産生し、骨髄由来MSCよりも高濃度のTGF-βを分泌します。

出典:Wharton’s Jelly-Derived Mesenchymal Stem Cells: Phenotypic Characterization and Optimizing Their Therapeutic Potential for Clinical Applications

HLA-Gは、妊娠中に母体の免疫応答を回避し、制御性T細胞の増加を促すことで、胎児に対する免疫寛容を維持する役割を果たすと考えられています。これは他家抗原に対する免疫反応の抑制にも寄与します。

出典:Wharton’s Jelly-Derived Mesenchymal Stem Cells: Phenotypic Characterization and Optimizing Their Therapeutic Potential for Clinical Applications