ウォートンジェリー幹細胞の可能性とは ─ 失明を治し、自閉症にも光を

Dr.Angerina Tiah × 清水麗子 対談

骨髄から臍帯へ、なぜウォートンジェリーが選ばれるのか?

清水:

今回は、一般の方々が気になるであろう点について私から質問させていただき、それをきっかけに会話を進めてまいります。

その後、皆さまからのご質問にもお答えしながら、リラックスした雰囲気でお話できればと思っております。

現在、マレーシアでは「ウォートンジェリー由来の幹細胞」が主に用いられていると認識しておりますが、かつては「骨髄由来の幹細胞」などがより優れているとされていました。

その主役が「ウォートンジェリー」に変わった理由についてお聞かせいただけますか?

Angerina:

およそ50年前、つまり半世紀前に、世界で初めて発見された幹細胞は「骨髄由来の幹細胞」でした。
これはその名の通り、骨髄から採取されるものです。

この幹細胞の主な役割は、白血病の患者に必要な「造血幹細胞(hematopoietic stem cells)」を供給することでした。

白血病は血液に関連するがんであり、患者は通常、化学療法(抗がん剤治療)を受ける必要があります。

しかし、化学療法では、血液に関わる細胞の多くがダメージを受けたり、破壊されたりしてしまいます。

そのため、骨髄から得られる造血幹細胞を用いて、赤血球、白血球、血小板といった血液細胞を再生・補充する必要が生じるのです。

このような背景から、骨髄由来の幹細胞の重要性が明らかになり、これが幹細胞研究の原点とされる発見であり、50年前にその応用が始まったということになります。

このような背景から、科学者たちは、幹細胞は骨髄ではなく「へその緒(臍帯)」から採取するのが最も望ましいという結論に至りました。

具体的には、ウォートンジェリー(Wharton’s Jelly)由来の間葉系幹細胞(UCMSC)です。
略して「UCMSC」と呼ばれています。

この臍帯(Umbilical cord)からは、比較的容易に幹細胞を採取することができますが、ここから得られるのは造血幹細胞(hematopoietic stem cells)ではなく、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)です。

間葉系幹細胞は、体のさまざまな組織へ分化できる幹細胞であり、たとえば膝の軟骨、皮膚の上皮細胞、または視力を失った患者の網膜細胞の再生にも使われています。

さらには、心臓の筋肉細胞(心筋細胞)など、他の臓器の細胞へも分化させることが可能です。

このように、間葉系幹細胞は、私たちの臓器に必要なさまざまな細胞へと分化する能力を持つ一方で、血液細胞をつくる幹細胞(造血幹細胞)ではありません。

つまり、これらは血液細胞ではなく、「臓器の細胞」と考えられます。

科学者たちはさらに、臍帯(へその緒)から間葉系幹細胞(MSC)を採取することで、生まれた直後(day zero)の新生児から、最も原始的で若い幹細胞を得ることができることに気付きました。

このため、その分化能力(さまざまな細胞に変化する能力)は、成人の骨髄から採取する幹細胞と比べてはるかに高いのです。

たとえば、仮に私が今年40歳だとすると、私の骨髄から採れる幹細胞も“40歳の幹細胞”ということになります。

そうなると、幹細胞の若さ・分化能力・質のすべてにおいて、新生児由来の幹細胞とは明らかに違いがあるということです。

さらに、年齢を重ねるにつれて、骨髄内の幹細胞の数は減少していくことも示されていました。

たとえば、40歳の時点では、体内に残っている幹細胞はおそらく40%以下である可能性が高く、70歳になると、その量は5%未満にまで減少すると考えられています。

このように、骨髄から得られる幹細胞の割合がわずか5%しかない状態では、限られた量の骨髄から十分な数と質の幹細胞を採取することは非常に困難です。

つまり、「量」と「質」の両面で条件を満たす幹細胞を得るのが難しいため、このプロセス自体が大きな課題となっています。

失明患者に光を取り戻す治療の実例

清水:

実際の現場で幹細胞治療に携わる中で、印象的だった症例やエピソードがあれば教えてください。

Angerina:

はい。
最近、約2年前から、失明された患者様を対象とした新しい臨床応用の取り組みを始めました。

私たちのもとを訪れる患者様の多くは、すでに視力を失っている状態です。
その原因となっているのは、「網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa:略してRP)」という遺伝性疾患です。

この病気は、生まれつき遺伝子に異常を持っており、加齢とともに徐々に視力を失っていくという特徴があります。

たとえば、最近治療を行った患者様は、4歳の時にこの病気と診断され、私たちが治療した時点で36歳でした。

つまり、32年間ものあいだ、視力を完全に失った状態で生活してきたのです。

彼は4歳で視力を失ったため、物心がついた頃にはすでに世界が見えていない状態でした。
まったく光も感じたことがなかったのです。

そして昨年、私たちは彼に対して、MSC(間葉系幹細胞)を目の後部の「硝子体下腔(subtenon space)」に1回注射する治療を実施しました。

すると、なんと24時間も経たないうちに、彼は光を感じるようになったのです。

注射を行ったのは午後3時。

翌朝7時に目覚めたとき、彼は初めて「光が見える」状態を実感したと話してくれました。
彼は決して「初めての患者」ではありません。

ただし、最も若い年齢で視力を失った患者の一人であり、最も直近の治療例です。

現在までに、この失明患者のグループに対して約100例の眼内注射を実施しており、その多くが30年以上にわたって視力を失っていた方々です。

清水:

実は、私自身とてもご縁がありまして、その患者さんの治療のタイミングで、私も毎回23Cに伺っていたんです。偶然にも何回かお会いしているんですよ。

初めてお会いしたときは、まだ彼は視力を回復していない状態でした。

その時には、一緒にペナンの王様にお会いしに行きました。「これからこの方が治療を受けます」というご挨拶のためでした。

ちなみに、マレーシアでは各州に王様がいらっしゃって、国の元首が持ち回りで交代する制度があるそうです。
その時、私たちも同行させていただきました。

その後、彼は網膜に対する注射を受けることになりました。
ちょうどその注射をした当日も、私たちはお会いしています。

そしてその翌日、彼は光を感じることができるようになったんです。

彼は4歳まで視力があったので、色の名前などは知っていたらしく、お母さまが「これ何色?」と尋ねたら、「グリーン!」と答えたそうです。

本当に感動的でした。

その後も、へその緒由来の幹細胞を使った治療を何度か受けて、ここまで見えるようになったというのは、本当に驚きでした。

「23 Century Central International Life Science Center」は、難治性の患者さんに“光を届ける”ことを使命としているラボ・医療機関です。

もちろん、アンチエイジング目的で来られる方や、世界中の著名人も多く訪れているんですが、最も大切にしているのは、本当に治療を必要とする患者さんたちに向き合うことなんです。

そういう意味でも、私たちはこの活動を「月の光のような存在」としてやらせていただいています。

自閉症治療への新しいアプローチ

清水:

23 Century Central International Life Science Centerでは、自閉症のお子さんへの治療でも非常に感動的な成果があると聞きました。
その事例についても、ぜひこのあとお話しいただけたらと思います。よろしいですか?

Angerina:

私たちはこれまで、マレーシア国内はもちろん、海外の多くの自閉症の子どもたちに対しても治療を成功させてきました。

この子どもたちに対して私たちが行ったのは、UC-MSC(臍帯由来間葉系幹細胞)の注入です。

この間葉系幹細胞(MSC)が体内に入ると、まず「炎症を抑える作用」が働くことがわかりました。

この炎症の抑制は非常に重要な意味を持っていて、子どもたちが集中力を取り戻すために不可欠なプロセスなんです。

というのも、自閉症の子どもたちの脳内では、常に炎症が起こっているような状態、まるで「脳内で戦争が続いているような状況」があります。

そのため、たとえば特別支援クラスにいても、注意力が持続せず、学習や社会的な反応がうまくいかないことがあります。

この幹細胞によってその「内なる炎症」が鎮まり、子どもたちはより集中できるようになるのです。

これが、まず一つ目の大きな効果です。

もうひとつの効果として、幹細胞は神経細胞へと分化する能力も持っています。

この新しく生まれた神経細胞は、脳や中枢神経に向けて信号を送る働きをし、体のさまざまな部位と連携して適切な反応や反射を引き起こす役割を担います。

また、神経の可塑性(ニューロプラスティシティ)の改善も見られています。

このことが、幹細胞治療を受けた子どもたちの集中力・認知行動・反応力の改善につながっていると考えています。

清水:

この「炎症」というテーマについてですが、私も先ほどのセミナーの中で少しお話させていただきました。

幹細胞というものは、一般的にも「抗炎症作用がある」と言われていますよね。
他の幹細胞でも、炎症を抑える働きがあるということはよく耳にします。

ただ、今回のウォートンジェリー(Wharton’s Jelly)については、その中でも特に優れた抗炎症効果があると伺っていますので、その点について、もう少し詳しくご説明いただけますでしょうか。

Angerina:

はい。
基本的に、ウォートンジェリー由来の間葉系幹細胞(MSC)には非常に優れた抗炎症作用があります。

具体的には、TGF-β(トランスフォーミング増殖因子ベータ)やインターロイキン10(IL-10)といった抗炎症性サイトカインの分泌を促進する働きがあります。

これらの因子によって、体内全体の炎症反応を抑えることができるのです。

さらに、IFN-γ(インターフェロン・ガンマ)の放出を抑制する働きもあります。

このIFN-γは、体内で過剰な炎症(ハイパーインフラメーション)を引き起こす要因の一つとされています。

それだけでなく、MSCには「制御性T細胞(Regulatory T cells)」の分泌を促進する効果もあります。

この制御性T細胞は、T細胞全体の働きを調節し、炎症反応やサイトカインの暴走を抑える役割を担っています。

これら一連の作用により、MSCは体内の免疫システムを適切に整え直しながら、強力な抗炎症効果を発揮するのです。

このような作用により、自己免疫疾患の改善にも大きな効果が期待できます。

たとえば、自己抗体(autoantibodies)の産生を抑制する働きがあり、結果として自己免疫反応そのものを軽減することができます。

この効果は、関節リウマチ(RA)をはじめとするさまざまな自己免疫疾患において、特に顕著に見られています。

再生医療の“安全”を支える国際基準

清水:

やはり皆さんが気になるのは安全性だと思います。
現在、ウォートンジェリー由来の幹細胞は日本でも非常に注目されており、マレーシアでその治療を受けられるということも広く知られるようになっています。

そこでお伺いしたいのですが、マレーシア国内において、23Cではどのように安全基準を担保しているのか?

その具体的な取り組みについて、ぜひご説明いただけますでしょうか。

Angerina:

はい
マレーシアでは、PIC/S(Pharmaceutical Inspection Co-operation Scheme)という基準に従っています。

PIC/Sは、アメリカFDA(USFDA)を含む72の国際的な規制機関が加盟する枠組みで、私たちはこのPIC/Sの基準に沿って、GMP(Good Manufacturing Practice)ラボを構築しました。

当ラボは、ヒト細胞の製造に関して最も高度なライセンスを取得しており、これは「CGMP(Current Good Manufacturing Practice)」と呼ばれるものです。

この認可により、私たちはCGTP(Cell and Gene Therapy Products)=細胞・遺伝子治療製品の製造も可能となっています。

このCGMPのライセンスは、製造プロセス全体が国際的な基準と、最高レベルのクリーンルーム規格に準拠していることを保証するものです。

その結果、私たちの製品は臨床グレード(Clinical Grade)としての品質と安全性が保証された幹細胞製品であることが認められています。

清水:

「安全性」に対する考え方についてですが、おそらく日本の再生医療におけるラボと、23Cのラボでは、その基本的な考え方に違いがあるのではないかと感じています。

特に違いが見られるのは、将来的に医薬品として承認されることを見据えた取り組みの有無ではないでしょうか。

日本ではまだ、治療に保険が適用されず高額なケースが多いのですが、23Cでは、より多くの人が受けられるような医薬品化・制度化を見据えたミッションを持って取り組んでおられると感じています。

実際、そうした将来を見据えた取り組みの中で、CGMP(適正製造基準)やPIC/Sといった国際的な安全基準をきちんと満たしながら、製造体制を整えていらっしゃると思います。

医薬品化を見据えた戦略と設備投資

清水:

「医薬品」としての正式な承認を取得するという点においては、まだ道のりがあるのではないかとも思います。

そこでお伺いしたいのですが、現時点でその承認プロセスの「どの段階」まで進んでいるのか、つまり今、山登りで言えば何合目くらいに到達しているのか、教えていただけますでしょうか?

Angerina:

私たちの目標は、この幹細胞製品(MSC:間葉系幹細胞)を「医薬品(drug)」として正式に承認させることにあります。そして、その第一段階としての申請をすでに終えており、今承認を待っているところなのです。

MSCは「バイオ医薬品(biologics)」に分類されますが、通常の化学合成による医薬品とはまったく異なるカテゴリです。

私たちはこのバイオ製剤であるMSCを、医薬品として認可・登録し、病院や医師が安心して使用できる体制を整えることを目指しています。

それによって、より多くの患者さんを救うことができると考えています。

医薬品として承認されれば、私たちのラボや工場での大量製造が可能になります。

大量生産ができるようになれば、製品コストを下げ、より多くの患者さんにとって手の届く価格にすることができます。

また、こうした体制が整えば、保健省(Ministry of Health)による規制や管理もより容易になり、幹細胞の安全性や有効性を公的に保証しやすくなります。

つまり、医薬品化により、治療の普及、安全管理、保険適用への道が大きく開かれるのです。

これが、私たちが目指している最終的なゴールです。

清水:

ありがとうございます、そうなんですよね。

本当にいつも感じるのは、彼女たちの将来を見据えたビジョンの明確さに、私たちは毎回驚かされています。
すでに多くの投資家が参入しており、設備投資も進められています。

ホームページをご覧いただければわかるように、すでに取得されている認証も非常に数多くあります。

そして昨年、私たちが一緒にペナン島を訪れた際に、ハラル認証を取得されたタイミングと重なりました。

これにより、さまざまな国や宗教の方々にも、安心して治療を受けていただける環境が整いつつあります。
もう一つは、製薬として正式に医薬品として認められるために必要な設備投資が、すでに行われているという点です。

こうした背景が、彼女のお話を通じて皆さんにもしっかり伝わればいいなと思っています。

良質な幹細胞とは何か?

清水:

幹細胞の“質”というものがあるとすれば、それはどのような要素によって評価されるのでしょうか?

Angerina:

幹細胞の「質」という点についてですが、私たちはCGMP(Current Good Manufacturing Practice)基準に厳密に従っています。

まず、幹細胞のもととなる臍帯(へその緒)を採取する段階において、提供者であるお母さま(ドナー)がすべての条件を満たしていることが前提となります。

  • お母さまには、遺伝性疾患がないかどうかの事前スクリーニングが行われ、
  • ご家族においても同様のリスクがないかを確認します。
  • また、血液検査などすべての検査項目をクリアする必要があります。

次に臍帯の採取においては、

  • 正期産(満期出産)であること、
  • 赤ちゃんが健康であること、
  • 臍帯の長さが当社の基準を満たしていること
  • 採取された臍帯血も基準を満たしていること

が必須条件です。

さらに、出産直後には小児科医がアプガースコア(Apgar Score)を確認します。

これは、新生児の呼吸・反射・筋緊張・心拍数・皮膚の色などを評価するスコアで、最大10点中、最低でも8点以上を満たしていなければ臍帯を採取することはできません。

また、赤ちゃんが早産だった場合や体重が規定に満たない場合も、採取は行いません。加えて、出産方法についても条件があります。

臍帯の採取は帝王切開(C-section)による出産のみが対象であり、自然分娩の場合には受け入れを行っていません。

つまり、満期出産かつ帝王切開であることが、幹細胞の品質を確保するための基本条件となります。

臍帯がラボに到着したあとは、一連の品質保証テストを通過しなければ、使用は認められません。

私たちのラボでは、CGMP基準に基づき、使用するすべての材料(培地やピペットなど)もGMPグレードまたはクリニカルグレード(臨床用グレード)のものだけを使用しています。

研究用グレード(Research Grade)の材料は、一切使用を認められていません。

「クリニカルグレード」とは、最終的に体内に投与される製品に対して使用が許可されているレベルの品質を指し、その工程においても、一切の妥協がないよう管理されています。

また、動物由来(xenograft)の成分や、人の体内使用が認められていない成分についても、製造過程に一切使用されることはありません。

こうしたすべての条件を徹底することで、ヒト用医療グレードの幹細胞製品としての品質を担保しているのです。

また、当社では1つの臍帯(umbilical cord)から製造する幹細胞は最大で4パッセージ(継代)までに制限しています。

つまり、私たちが提供する幹細胞製品は、第4世代までの細胞のみを使用し、製品の種類もひとつに統一されています。

また、投与量(ドーズ)もすべてあらかじめ定められた基準に沿って設定されています。

このように、幹細胞の継代数・投与量が完全に標準化されていることで、製品の品質や効果にバラつきが出ることなく、一貫した治療が可能となります。

この統一された仕様は、私たちが行ってきたすべての臨床試験において使用されたものとまったく同じです。

たとえば急性心筋梗塞の治療では、この条件で治療を行うことで、損傷細胞の6.9%の再生という統計的に有意な結果が得られています。

こうした実績が示す通り、私たちが用いているこのパッセージ数と投与量こそが、臨床的に最も効果的であるという証拠になっているのです。

他のラボでは、「パッセージ2でも良い」「パッセージ3でも使える」「投与量もケースに応じて調整可能」などと説明されることもありますが、多くの場合、そうした柔軟性のある製造方法では、臨床的な効果を保証する根拠を示すことができません。

一方で私たちは、すべての臨床研究と同じ仕様の幹細胞製品を患者さんに提供しているため、患者さんが受け取る治療結果も、臨床論文で報告されたものと同等であると確信を持ってお伝えできます。

つまり、「たまたま結果が良かった」のではなく、再現性のある、統計的に証明された効果であるということです。

先ほども申し上げたとおり、当社では1つの臍帯(umbilical cord)から製造する幹細胞は、最大でパッセージ4(第4継代)までとしています。

パッセージ4を超えた細胞は一切製造していません。

つまり、1つの臍帯からはパッセージ4まで使用したら、そこで終了となり、それ以上の継代は行わず、次の臍帯に切り替えるという運用です。

私たち「23 Century」のようなCGMP(適正製造基準)ラボでは、幹細胞の品質を常に自らモニタリングし、独自の研究も継続的に実施しています。

その結果、国際基準および自社の研究データの両方から、理想的な幹細胞は「パッセージ3以降」であることがわかっています。

逆に、パッセージ1やパッセージ2の段階では、細胞の形態(特に紡錘状の形)や長さなどが安定しておらず、幹細胞としてのポテンシャルがやや劣ることが確認されています。

そのため、私たちはパッセージ3よりも“良い形態”を持つパッセージ4までを上限とし、それ以降には進めません。

実際に顕微鏡で観察された細胞は、長くて細く、理想的な紡錘状の形態をしており、幹細胞としての分化能力(ポテンシャル)が非常に高いことがわかっています。

このように、第一世代から第二世代へと幹細胞を増殖させながら、適切な段階で製品として使用するというアプローチを取っています。

清水:

はい。
この「第4世代まで」という製造制限があると、1つの臍帯、つまりウォートンジェリー(Wharton’s Jelly)から採取できる細胞数にも限りがあるということになりますよね。

たとえば、ウォートンジェリー幹細胞が採取されるのは、赤ちゃんから15cmまでの臍の緒からだと伺いました。

その15cmのウォートンジェリーから細胞を採取し、パッセージ4まで増殖させると、当然ながら製造できる量やバッチ数はかなり限られるのではないかと思います。

実際、その15cmの臍帯から何人分の幹細胞製品が作れるのか?
あるいは何バッチ(パック)程度が製造可能なのか?

そのあたりについて、教えていただけますか?

Angerina:

Top secret.

清水:

これは秘密だそうです(笑)トップシークレット!はい、大丈夫です。

Angerina:

正確な数は企業秘密ですが、1本の臍帯からは、おおよそ30〜50パックの幹細胞製品を製造できる見込みです。

ただし、これはあくまで臍帯の品質が基準を満たしている場合の話です。
もし製造の途中で、幹細胞が私たちの期待する品質に達していないと判断された場合、そのバッチは廃棄せざるを得ません。

理想的な製造工程が実現した場合でも、目標としているのは、1つの臍帯から30〜50回分の投与量を製品化することです。

清水:

そうですよね。

つまり、「平均化」を図っていく上では、製造基準に達しないものはすべて廃棄するという、非常に厳格な運用がなされているということなんですね。

あ、それは今回初めて聞きました。すごいです、本当に。
普通は、採取できたものはすべて使おうとするものですから。

なぜかというと、当然それがすべて「お金になる」わけですし…。

でも、こちらのラボではただ安全性を守るだけでなく、製品としての細胞の質(クオリティ)も明確に基準を設けていて、それに満たないものは一切使わないという方針なんですね。

cGMP(現行適正製造基準)などの国際基準に加えて、さらに高い社内基準が設定されているということ、本当に素晴らしいと思います。

ありがとうございました!

それにしても、こうやって毎回この場を通じてお話を聞くたびに、私自身も驚きがあって学ばせていただいています。

細胞の修復力を引き出す、進化した再生医療

清水:

ではここからは、次のトピックである「セクレトーム」のお話に入りたいと思います。

現在、「エクソソーム」と呼ばれる製品が一般的に流通していますよね。

その由来としては、若い日本人女性の脂肪組織由来のものが多いようですし、その他にも、臍帯由来やウォートンジェリー由来のエクソソームも出回っています。

さらには、歯髄由来などのものも含めて、幹細胞そのものではないけれども比較的扱いやすい製品が多く流通しているのが現状です。

そういった背景もあって、最近では「培養上清液(conditioned media)」よりもエクソソームの方が効果が高いという話も多く聞かれるようになりました。

その結果、エクソソームという言葉が一気に広まったという印象があります。
ただ、実際のところ、この「エクソソーム」というのは具体的にどのような成分・役割を持ったものなのか?

まずはその点について、ご説明いただけますか?

Angerina:

エクソソームとは、セクレトーム(secretome)に含まれる構成要素のひとつです。
セクレトームには、

  • 細胞外小胞(extracellular vesicles)
  • マイクロベシクル(microvesicles)
  • エクソソーム(exosomes)
  • その他にもケモカイン(chemokines)、サイトカイン(cytokines)、成長因子(growth factors)

など、さまざまな生理活性物質が含まれています。

つまり、エクソソームは組織の再生を促すための「ひとつの成分」に過ぎないということです。

23 Centuryでは、エクソソームだけを提供するのではなく、なぜ「セクレトーム全体」を提供しているのかというと、エクソソームだけでは再生機能として「不十分」だからです。

たしかにエクソソームには、「この場所を再生してほしい」と体内にシグナルを送る“指令役”のような機能はあります。

しかし、それだけでは不十分で、実際に再生を促すためには成長因子などの“実行部隊”が必要です。

たとえば肌の再生を促進したい場合、上皮成長因子(EGF)や線維芽細胞増殖因子(FGF)といった具体的な因子が必要となります。

これらが十分に揃ってはじめて、再生機能が正しく働くのです。

さらに、エクソソームの役割は「命令を出すこと」ですが、細胞外小胞(EV:extracellular vesicles)などの他の構成要素が、体内の各細胞にそのメッセージを“中継・伝達”する役割を果たしています。

たとえば、エクソソームが「ここを修復して」と指令を出すと、EVがそのメッセージを全身の細胞に伝えて、「この場所を再生してください」という指令のネットワークを構築するわけです。

このように、すべての成分が連携して働くことで、はじめて本来の再生能力が発揮されるのです。

ですので、私たち23 Centuryでは、エクソソーム単体ではなく、セクレトーム全体を製造・提供しています。

清水:

ありがとうございます。

ですので、私が彼女たちのセクレトームについてお話を伺ったときに感じたのは今日の話もまさにそうですが、これは単なる美容目的の“話題性”としての成分ではなく、病気の治療、つまり医薬品としての治療効果をしっかり発揮するためのものだということです。

そのためにも、CGTP(Cell and Gene Therapy Products)やCGMP(Current Good Manufacturing Practice)といった厳格な国際基準に則ったグレードで製造されているということを、私は深く理解しています。

製造方法の違いについて、23 Centuryで行っているセクレトーム製造方法と、一般的なバイオ企業で作られている培養上清液との違いをご説明いただけますか?

Angerina:

通常のラボでは、まず健康な間葉系幹細胞(MSC)を使用して製造を始めます。

そして、幹細胞(MSC)を培養する過程で、幹細胞がピンク色の培養液(conditioned media)の中に、セクレトーム(分泌物)を放出します。

その結果、ラボはMSCを収穫し、それを患者用の製品として販売します。

一方で、幹細胞が放出したセクレトームを含むこのピンク色の培養液については、その中に含まれる成分――たとえばフェノールレッド(pH指示薬)や、体内には投与できないヒト由来タンパク質など――が含まれているため、

そのまま体内に使用することはできません。毒性がある可能性もあるためです。

そこで、一般的なラボでは、この培養液の中から“エクソソーム”だけをろ過(フィルター)で取り出し、

その一部分だけを製品として販売するという方法がよくとられています。

つまり、販売されているのは「セクレトーム全体」ではなく、その中の一部である“エクソソーム”だけなのです。

それ以外の成分が含まれるピンク色の培養液は、廃棄されてしまいます。

私たち23 Centuryでは、セクレトーム(secretome)の重要性を十分に理解しているからこそ、エクソソームだけでなく、すべての細胞外小胞(extracellular vesicles)、ケモカイン、サイトカイン、成長因子などを含んだ、“純粋なセクレトーム”を製造しています。

まず、健康な間葉系幹細胞(MSC)を収穫する点までは、一般的なラボと同じです。
ですが、私たちはその後のプロセスで大きく異なります。

MSCを収穫したあと、ピンク色の培養液(conditioned media)はすべて生物廃棄物として破棄します。

その代わりに、収穫したMSC(パッセージ4の健康な細胞)を、さらにストレスを加えて培養します。

そうすることで、幹細胞は通常以上にセクレトームを分泌するのです。

ただし、このストレスによって幹細胞の形が変化してしまい、その細胞自体はもはや人体には使用できない状態になります。

したがって、この「ストレスを受けたMSC」はすべて廃棄します。

一般的なラボでは、コストの都合もあり、幹細胞を捨てることはなかなかできません。

でも私たちは、あくまで目的は“幹細胞そのもの”ではなく、“幹細胞が分泌するセクレトーム”にあると考えています。

イメージとしては、幹細胞をオレンジに例えると、私たちはそのオレンジをギュッと絞ってジュース(=セクレトーム)だけを取り出し、オレンジ(=幹細胞本体)は捨てる、という考え方です。

つまり、私たちが製造しているのは、幹細胞が持つ機能性成分を最大限に引き出した“セクレトームそのもの”なんです。

私たちのようなcGMP(現行適正製造基準)準拠のラボでは、幹細胞を培養した後に残る培養液(conditioned media)=生物廃棄物も厳格に管理されています。

この生物廃棄物の管理は、マレーシア保健省(Ministry of Health)によって監視されており、製造ごとに、どれだけの生物廃棄物が発生したかを報告する義務があります。

たとえば、ある工程で1kgの廃棄物が発生する想定であれば、実際にその量が報告されなければならないのです。

もし、製造を行ったにもかかわらず廃棄物の量が報告よりも少なければ、「どこかで無断使用・不適切な処理が行われたのではないか?」と判断されてしまいます。

つまり、生物廃棄物を勝手に販売したり、許可なく再利用することは絶対に許されません。

そのため、私たちは製造ごとに発生したすべての廃棄物の量を正確に報告する義務があるのです。

これが、私たちが絶対に廃棄物を流用・販売しない理由であり、また同時に、なぜ当局が厳しく監視しているのかという背景でもあります。

清水:

日本には、こうした製造基準そのものが存在していないのが現状なんですよね。

どうしても私たちは、「日本製=安全」という印象を持ってしまいがちですが、実は、日本にはこのような厳格な監視体制が制度として存在していないのです。

その点、彼女たち(23 Century)のラボは、CGMP(適正製造基準)認証をしっかり取得しており、政府の厳格な監視のもとで運営されているということが、安全性や効果の面でも非常に信頼できるポイントだと、私は感じています。

セクレトームの効果を最大限に引き出すために

清水:

さて、日本国内では、現在「フリーズドライ(凍結乾燥)」された製品が主流となっています。

実際、先日も某有名なバイオベンチャー企業のドクターとZoomで対談した際に、その企業でもフリーズドライ製品を商品として扱っているというお話がありました。

ただ、23 Centuryでは、あえてフリーズドライにはせず、生(液体)の状態で製品化するという選択をされていると聞いています。

そこでお伺いしたいのですが、なぜフリーズドライではなく、「生の状態」にこだわって商品化されているのか?

その決定的な理由(決め手)について、ぜひお聞かせいただけますか?

Angerina:

現在、私たちはセクレトーム(secretome)を液体(リキッド)状態のままで提供することにこだわっています。

というのも、セクレトームに含まれるタンパク質成分は液体中で非常に安定しており、

保管時の温度やコールドチェーン(冷蔵輸送)についても、特段の問題がないことが確認できているからです。

つまり、「冷蔵が必要だからフリーズドライ(凍結乾燥)にする」という必要性が、私たちの製品にはありません。

そのため、わざわざ粉末化(ライオフィライズ)する必要がないと判断しています。

すでに室温環境下での安定性に関する検証も完了しており、現在もさらにデータを蓄積しているところです。

今のところ、常温でも十分な品質と安定性を保てているという結果が出ています。

むしろ、フリーズドライを行うことで、ライオフィライゼーション(凍結乾燥)のプロセスによってタンパク質の水分が抜けてしまい、構造や活性に悪影響を与える可能性があります。

そのため、私たちはセクレトーム本来の構造や機能をできる限り変えずに届けることを大切にしており、

フリーズドライではなく、液体のままでの製品化を選択しているというわけです。

清水:

ありがとうございました!

最後に

清水:

では最後に、Dr.Angerinaから皆さんに一言いただけたらと思います。
マレーシアでの見学や治療の受け入れについて、ぜひ皆さんにお声がけをお願いできませんか?

Angerina:

皆さんとマレーシアでお会いできることを、心から楽しみにしています。
よく「なぜマレーシアなの?」「なぜ日本やシンガポールではないの?」と聞かれることがあります。

でも私たちは、このマレーシアという国に、GMPおよびCGTP(細胞・遺伝子治療製品)対応のラボを設立できたことを、とても幸運に思っています。

私たちのラボは、国際的な基準や要件をすべて満たしている施設です。
ですので、ぜひ皆さんにも一度マレーシアにお越しいただき、実際にご覧いただけたらと思います。

「百聞は一見にしかず」ですから。

私たちは小さな国ですが、世界中の患者さんを助けるために、日々全力で取り組んでいます。
そして、日本の皆さまにも、私たちが培ってきたノウハウをシェアさせていただける機会があれば嬉しいです。

この小さな国から、日本という大きな国へ、技術や知見をお届けすることができればと願っています。

今後も日本の皆さまとさまざまな交流や意見交換の機会を重ねていきたいと思っていますし、日本のような先進国と協力することで、私たちの幹細胞製造技術(SOP)をさらにレベルアップさせていけると信じています。

清水:

本日は長時間にわたり、ご参加いただき本当にありがとうございました。お忙しい中、最後までお話を聞いてくださり、心より感謝申し上げます。

アンジェリーナには最後に、私から少々“無茶ぶり”でPRをお願いしましたが(笑)、本当に彼女をはじめ、23 Century のスタッフの皆さんはとてもフレンドリーで、チームワークの素晴らしいラボとクリニックです。

私たちも毎月マレーシアに患者様や視察の方々をお連れしており、現地での信頼関係も築いています。

正直に言って、今では「治療のために日本である必要はない」と思えるほどです。
将来的には、こうした技術や環境を日本にも持って来られたら…という想いもあり、日々一緒に活動を進めています。

マレーシアという国自体には「医療大国」というイメージはまだあまりないかもしれませんが、こうして現地で活躍している彼女たちに実際に会ってみること、そして現地を見て感じることは、きっと大きな発見や展望につながると思います。

ですので、まずは気軽な見学からでも構いません。ご興味のある方は、ぜひ一度マレーシアを訪れてみてください。

それでは、改めまして本日はご参加いただき、誠にありがとうございました。