OHSAS18001

概要と背景

OHSAS 18001(オーエイチエスエーエス いちはちぜろぜろいち)労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)に関する規格です。

名称の“OHSAS”はOccupational Health and Safety Assessment Series*労働安全衛生評価シリーズ)の略称で、組織が労働災害や健康被害を予防するための管理システムの要求事項を定めていま。

背景として、1990年代に各国で労働安全衛生マネジメントに関する自主規格が乱立していたことがあります。英国のBS 8800、オーストラリアのAS/NZS 4801、日本の厚生労働省指針など様々なガイドラインが存在しましたが、国際的に統一された形で企業に認証を与える枠組みがありませんでした。

そこで複数の認証機関が協議して作ったのがOHSAS 18001です。

これにより、ISO 9001(品質)、ISO 14001(環境)と並ぶ第三者認証可能な労働安全衛生規格が誕生し、企業は一体的に運用できるようになりました。OHSAS 18001は製造業のみならず建設、サービス業など幅広い分野で採用され、労働災害防止のマネジメント強化に寄与しました。

その後、ISOにおいても労働安全衛生規格の国際標準化が進められ、2018年にISO 45001が発行されました。ISO 45001はOHSAS 18001の後継に当たる規格であり、OHSAS 18001はISO 45001発行から3年後の2021年3月末をもって正式に廃止されています。

現在、OHSAS 18001認証を持っていた組織の多くはISO 45001へ移行済みです。ただ、OHSAS 18001で築かれたマネジメント手法や安全文化はISO 45001にも引き継がれており、依然として労働安全衛生マネジメントの基礎として語られることがあります。

求められる主な要件や基準

OHSAS 18001が求める労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)の要件は、基本的に他の管理システム規格と同様に方針の設定・計画の策定・実施と運用・チェック・経営層による見直しというPDCAサイクルに沿っています。

その主な内容をポイントで示すと次の通りです。

労働安全衛生方針の策定

経営者が労働安全衛生(OH&S)方針を明文化します。この方針には従業員の安全と健康の保護、法令順守の約束、継続的改善の決意などが含まれます。

経営トップのコミットメントが重要で、全従業員に方針が周知されます。

危険源の特定とリスクアセスメント

職場のあらゆる作業や設備についてハザード(危険源)を洗い出し、それぞれがもたらすリスク(発生確率×影響の大きさ)を評価します。例えば、高所作業による墜落リスクや化学物質取り扱いによる中毒リスクなどをリストアップし、重大リスクを特定します。

リスク低減策と目標の設定

特定された重要リスクに対し、リスク低減のための対策を検討・実施します。対策には「リスク除去」「代替・低減」「保護具使用」などヒエラルキーに沿ったものがあり、可能な限り上位対策を講じます。

同時に、安全衛生目標(例えば「労災ゼロ」「ヒヤリハット件数○%削減」など)を設定し、具体的な安全衛生計画を立てます。

法的要求事項の順守

労働安全衛生に関する法令や規制(労働安全衛生法、関連する通知基準等)を特定し、それらを遵守する仕組みを整えます。例えば資格者の配置、作業手順書遵守、定期点検の実施など、法定事項を確実に守ります。

構造と責任の明確化

安全衛生管理の体制を構築し、各階層の責任と権限を明確にします。安全管理責任者や安全委員会の設置、作業主任者の任命などを行い、従業員の参加も促します。

必要な教育訓練(安全教育、避難訓練等)を計画的に実施します。

運用管理

安全作業手順の制定や標識の表示、保護具の支給と使用管理、設備の保守点検、作業環境測定など、日常の運用面で危険を管理します。

変化(新規設備導入や工程変更)がある場合は事前にリスク評価し、安全対策を講じた上で実施します。緊急事態への備え(火災・地震・化学漏洩などの対応計画)も作成し、訓練を行います。

事故調査と是正措置

万一労働災害や“ニアミス”が発生した場合、原因を徹底的に調査し、再発防止策を講じます。事故・不適合の記録を残し、類似リスクを有する他の作業にも水平展開して対策します。

パフォーマンス測定と監査

安全衛生目標の達成度やKPI(例えば災害発生率、ヒヤリ件数)をモニタリングし、定期的に評価します。

内部監査も実施して、システムが規格要求どおり運用されているか確認します。不備があれば是正し、結果を文書化します。

継続的改善

経営層が定期的に安全衛生マネジメントシステムをレビューし、必要な見直しを行います。こうしたサイクルにより、安全衛生水準を徐々に向上させ、「より安全な職場」へと継続的に改善します。

以上はOHSAS 18001の主な要求事項ですが、要は職場の危険を体系的に管理し、労働者の安全・健康を守るための仕組みを作ることです。

日本の労働安全衛生マネジメントシステム指針とも内容的に共通しており、たとえばリスクアセスメントの実施や労災ゼロへの取り組みなど、現場でおなじみの活動が制度化されています。

OHSAS 18001ではこれらを組織の一体的なマネジメントシステムに統合し、他の経営管理と両立させる点が特徴でした。

なお、ISO 45001ではさらに「労働者の参画」や「組織の文脈の理解」といった概念が追加されていますが、基本的な骨子はOHSAS 18001から引き継がれています。

認証取得の意義やメリット

OHSAS 18001認証を取得することは、企業が従業員の安全と健康を最優先に考える経営を行っているという強いメッセージになります。対外的には、労働安全衛生への取り組みが認証という形で証明されることで、ステークホルダーからの信頼が高まります。

例えば多国籍企業がサプライヤーを選定する際、労働環境も考慮するケースがありますが、OHSAS 18001取得企業であれば「この会社は安全管理がしっかりしている」と判断されやすく、ビジネス機会の拡大につながります。

また、近年ESG(環境・社会・ガバナンス)投資でも労働安全は社会性評価の一環となっており、認証取得は企業の社会的責任(CSR)を果たしている証左として投資家にもアピールできます。

労働災害防止は本来社内の話ですが、それを敢えて認証取得までして取り組む姿勢は、企業の誠実さや持続可能な経営へのコミットメントを示す指標ともなりえます。

社内的メリットも大きく、まず労働災害リスクの低減が最大の利点です。OHSAS 18001導入により体系的なリスクアセスメントと対策が定着すれば、事故やヒヤリハットが減少します。

実際に認証取得後に労災発生率が大幅に改善した事例は多く、企業にとっては人的被害・損失の削減につながります。労災が減れば休業補償や設備修理などの直接費用だけでなく、作業停止や信用失墜といった間接損失も避けられます。

安全は最大の生産性向上策という言葉もあり、「安全なくして生産なし」の原則が実証される結果となります。

また、従業員のモチベーション向上という効果も見逃せません。

安全で健康的な職場環境が確保されていることは、働く人に安心感を与えます。経営が本気で安全に取り組んでいる姿勢を示すことで、従業員の企業に対する信頼感やエンゲージメントが高まります。

特に現場作業者は自分達の安全が守られていると実感できれば、より業務に集中でき品質向上にもつながります。さらに安全に関する提案やKY(危険予知)活動など、従業員参画型の改善が活発化する傾向も見られます。

これは組織風土の改善につながり、職場のコミュニケーション活性化やチームワーク向上といった波及効果も期待できます。

OHSAS 18001認証取得は法令遵守にも寄与します。安全衛生関連法規は多岐にわたりますが、マネジメントシステムの中で順守状況を定期的にチェックする仕組みができるため、うっかり違反を防げます。

行政当局からの信頼も高まり、万一問題が起きても「しっかり管理していた」というエビデンスになる場合があります。また近年重要視されるメンタルヘルスや過重労働対策(過労死防止)なども、安全衛生管理の一環として捉えることで、幅広い労務リスクの低減につながります。

総合すると、OHSAS 18001取得は「従業員を大切にする企業」としての姿勢を内外に示し、リスク低減と組織活性化を同時に実現するメリットがあるのです。

認証が製品やサービス、消費者に与える影響

一見すると労働安全衛生は社内問題であり、消費者には直接関係がないように思われます。 しかし、実は安全な職場環境で働く従業員が生み出す製品・サービスは、品質面でも安定しやすく結果的に消費者に良い影響を与えます。例えば労働災害が頻発するような現場では作業中断や人員不足が起こりやすく、生産に乱れが生じ品質不良品が出たり納期遅延が発生するリスクがあります。 逆に安全管理が行き届いた職場では、作業者が安心して仕事に取り組めるためミスも減り、生産計画通りに高品質な製品が供給されます。消費者に届くのは安定した品質の製品であり、納期遅れ等による迷惑も被りにくくなります。

また、安全に配慮した製造プロセスはときに製品自体の安全性にも関わります。例えば食品工場で従業員の衛生管理や健康管理が徹底されていれば、異物混入や食品汚染のリスクが低減し、消費者は安全な食品を口にできます。

建設現場で労働安全が守られ品質管理も良好であれば、できあがった建築物は高品質で安全性の高いものになるでしょう。このように安全な作業は安全な製品に通じる面があり、間接的に消費者の利益となっています。

サービス業でも同様です。

例えば運輸業でドライバーの過重労働がなく安全教育が徹底されていれば、交通事故が減り配送物が破損したり遅延したりすることも少なくなります。乗客にとっても安全な輸送サービスを受けられる利点があります。

エンターテイメント業界でも、スタッフや出演者の安全が確保された現場から生まれるコンテンツは、安定的に提供され消費者を失望させません。近年はイベントでの事故や工事現場事故がニュースになることもありますが、安全管理がしっかりした企業のサービスはそのようなトラブルとも無縁でしょう。

さらに、現代の消費者は単に製品・サービス自体の価値だけでなく、その背景にある企業の姿勢にも注目します。

労働者を搾取して作られた製品や、危険と隣り合わせの現場で提供されるサービスに対して、倫理的な懸念を持つ人もいます。OHSAS 18001(現在はISO 45001)認証企業の製品・サービスは、「この製品は従業員の安全と健康が守られた環境で作られている」という安心感を与えることができます。

それは消費者の購買行動にも少なからず影響し、持続可能性やCSRを重視する層から支持を得やすくなります。いわば安全衛生認証は品質認証や環境認証と同様に企業の良心の証として機能し、消費者の信頼につながるのです。

まとめると、労働安全衛生の充実は消費者に直接アピールされるものではありませんが、その効果は確実に製品・サービスの安定供給と品質向上、ひいては消費者満足につながっています。

安心して働ける職場で作られたものを安心して購入・利用できる――この好循環は、OHSAS 18001(ISO 45001)のような仕組みがあってこそ実現できるのです。

関連する国際機関や規制当局

OHSAS 18001はISO規格ではなく、英国規格協会(BSI)などが主導した規格でした。そのため、関与した国際機関としてはISOではなく国際労働機関(ILO)が挙げられます。

ILOは2001年に労働安全衛生マネジメントシステムの指針「ILO-OSH 2001」を発行しており、OHSAS 18001策定時にもこの指針が参考にされています。また各国の労働当局(日本の厚生労働省など)も独自指針を出しており、OHSAS 18001はそれらを民間ベースで集約した存在でした。

認証制度として運用された点では、ISO規格同様に各国の認証機関がOHSAS 18001審査・登録を行い、各国の認定機関がそれを支える仕組みでした。日本ではJAB(日本適合性認定協会)がOHSAS 18001審査機関(例えばJQAやJRMSなど)の認定を行い、民間の第三者認証として展開していました。

OHSAS 18001がISO 45001に置き換わった現在でも、同じ認証機関が移行審査を担当し、従来の認証ネットワークが引き継がれています。

規制当局との関係では、労働安全衛生は基本的に各国の法規制領域です。例えば日本では労働安全衛生法や労災保険法が企業に義務を課しています。

OHSAS 18001は法遵守を内包していますが、法を超えて自主的に取り組む部分もありました。行政は直接関与しませんが、企業がOHSASを導入することを歓迎する姿勢でした。

中災防(中央労働災害防止協会)方式のOSHMS認定とOHSAS認証を両方取得していた企業もあります。ISO 45001策定にはISOとILOが協力しており、国際標準としてまとまった現在は、各国当局もISO 45001の普及を支援しています。

他の関連組織としては、国際標準化機構(ISO)がISO 45001を発行し、OHSAS 18001からの移行を促しています。ISO 45001は各国で国家規格化され、日本でもJIS Q 45001が公布されました。

これに伴いOHSAS 18001は歴史的役目を終えましたが、その精神はISO 45001や各社の安全文化に生き続けています。安全衛生はSDGsの「働きがいも経済成長も(目標8)」にも通じるテーマであり、ILOやISO、各国当局、企業が一体となって取り組むべき分野です。

OHSAS 18001はその先駆けとして役割を果たし、現在はISO 45001という国際規範に統合されて、より強固な推進力を得ています。