ACTD

概要と背景

ACTD(アクティーディー)は「ASEAN Common Technical Dossier」の略で、東南アジア諸国連合(ASEAN)における医薬品承認申請の共通技術文書を指します。

つまり、ASEAN加盟各国でヒト用医薬品の製造販売承認申請を行う際に用いる共通の書類様式です。

欧米や日本ではICHの定めた「コモン・テクニカル・ドキュメント(CTD)」という申請資料様式がありますが、ACTDはそれに倣ってASEAN地域向けに調整されたフォーマットになっています。

ASEANでは医薬品規制の地域統合構想があり、その一環として2009年1月から各国でACTDが導入されました。

同時に長期安定性試験やプロセスバリデーション、生物学的同等性(BA/BE)試験などに関するガイドラインも調和され、以後ASEAN加盟国(インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム等)では新薬申請時にACTD様式の提出が求められるようになっています。

背景には、それまで各国ごとにバラバラだった申請要件を統一することで審査の効率化申請者の負担軽減を図る狙いがありました。

加えて、将来的には電子申請(eCTD)の道筋を付けることも目的の一つとされています。

求められる主な要件や基準

ACTDは申請資料(ドシエ)の構成を定めたガイドラインであり、大きく4つのパート(Part I~IV)から成ります。
各Partに含まれる内容は以下の通りです。

Part I:行政情報および製品情報

いわば申請書本体に相当する部分です。

申請書様式、申請者の情報、製品の概要(製品名・剤形・成分量など)、添付文書(使用上の注意等)、製造業者の一覧、承認申請のための各種誓約書や委任状など、各国当局が要求する書類で構成されます。

これは各国の薬事法規に従ったものを提出する必要があるため、ACTDはフォーマット例を示すのみで細部は各国ごとに異なる場合があります。

Part II:品質(Chemical, Pharmaceutical)

有効成分及び製剤の品質に関する資料です。

具体的には有効成分の名称・構造式・製法・不純物プロフィール、製剤の処方組成、製造方法、規格試験(品質試験項目とその結果)、安定性試験成績など、CMC(Chemistry, Manufacturing and Controls)データを網羅します。

Part IIは新薬・ジェネリックを問わず必須とされており、その構成も細かく決められています(概要、資料リスト、詳細データ、参考文献の4区分)。

Part III:非臨床(Safety)

動物実験やin vitro試験による非臨床試験成績の資料です。

薬理作用の基礎データ(薬力学試験)、薬物動態試験(ADME)、毒性試験(単回投与毒性、反復投与毒性、遺伝毒性、生殖発生毒性、発がん性試験等)の結果を含みます。

これはICH-CTDでいうモジュール4に相当し、医薬品の有効性・安全性を裏付ける科学的根拠として重要なパートです。

Part IV:臨床(Efficacy)

人で実施された臨床試験成績の資料です。

臨床薬理試験(初期段階のPK/PD試験)、第I相~III相臨床試験の結果並びに統合報告書、文献的知見、そして市販後情報(海外で承認・販売されている場合の使用成績)などが含まれます。

ICH-CTDのモジュール5に相当し、申請医薬品の有効性・安全性を臨床的に証明するデータをまとめたものです。治験ごとの症例一覧や統計解析結果など膨大な資料になります。

以上がACTDの基本構成ですが、各パートにはさらに細目があり、申請者はそれらに沿ってドキュメントを用意することになります。

ACTDはあくまで提出資料の目次構成を標準化するガイドラインであり、「各項目にどのような内容を書くべきか」についてはICHガイドラインや各国規制が別途存在します。

例えば安定性試験の要件はASEAN安定性ガイドラインで規定され、臨床試験の要件はICHのEシリーズ(Efficacyガイドライン)などに準拠します。このようにACTDは**申請資料を整理・提示するフォーマット**を提供するもので、製品そのものの審査基準とは区別されます。

申請者はACTDという枠組みに情報を当てはめつつ、不足なくデータを提供することが求められます。

認証(導入)取得の意義やメリット

ACTD導入の意義は、何と言っても医薬品承認審査の効率化と円滑化にあります。

従来、ASEAN各国はそれぞれ独自の申請様式・求める資料項目を持っていました。このため同じ医薬品をASEANの複数国で承認申請しようとすると、国ごとに書類を作り直す必要があり、申請企業に大きな負担となっていました。

ACTDが導入されたことで、一つの共通フォーマットに沿って申請資料を作成すればASEAN各国で受理されるようになり、製薬企業側の準備作業が簡素化されました。これにより新薬の投入が迅速化し、ひいてはASEAN地域の患者が新しい治療薬に早くアクセスできるメリットがあります。

審査当局側にとっても、資料構成が統一されたことでレビューしやすくなり審査期間の短縮が期待できます。実際、共通様式により不備指摘事項が減少し、一部の国では審査期間が従来より短くなったという報告もあります。

ACTDのもう一つのメリットは、地域内の規制調和と協力関係強化です。ACTD作成過程ではASEAN加盟国の規制当局担当者が議論を重ねガイドラインを策定しました。

この共同作業を通じて各国間で情報共有や信頼関係が深まり、承認審査以外の面(製造所のGMP査察や市販後安全対策など)でも協調が進みました。将来的にはASEAN版の相互承認的な仕組みや、地域全体での承認制度も視野に入っています。

その基礎として、まず書類様式を揃えるACTDが果たした役割は大きいと言えます。さらに、ACTDに沿った申請資料を作成する過程で、申請企業もデータの整理・分析能力が向上し、より透明性・一貫性のある資料作りが可能になります。

このことは申請者自身の開発力・申請力の強化にもつながり、結果的に良質な医薬品開発を促進する効果があります。

もっとも、ACTDはあくまでガイドラインであり法的拘束力を持つものではありません。細部では各国固有の追加要求が残されている場合もあり、完全な統一には課題もあります。

それでも、各国当局と産業界が共通フォーマットを尊重する姿勢を示すこと自体に意義があり、これがASEAN域内の医薬品規制調和を推し進める土台となっています。企業にとっても、一度ACTD形式で資料を作っておけば多少の調整で複数国に提出できるため、承認取得のコスト削減と成功率向上というメリットが明確です。

総合的に見て、ACTDの導入はASEAN地域の医薬品アクセス改善と、産業の国際競争力強化に寄与する重要なステップでした。

認証が製品やサービス、消費者に与える影響

ACTDの恩恵は主に製薬企業と規制当局に関わるプロセス上のものですが、その先には患者や消費者が存在します。ACTDを通じて医薬品の審査・承認が効率化すれば、新薬やジェネリック医薬品がASEAN各国の市場に出るまでの時間が短縮されます。

例えばある革新的新薬が開発された際、各国ばらばらの申請形式だった時代には一部の国で承認が数年遅れることもありましたが、ACTD導入後は書類準備の迅速化により各国での承認時期の差が縮まりました。

これによりASEAN域内の患者がより早く新薬を利用できるようになり、治療機会の均てん化(地域差の解消)に貢献しています。

また、ACTDによって申請資料の内容がより明確かつ充実することは、間接的に医薬品の品質や安全性向上にもつながります。統一フォーマットの下で企業が自社データを整理し直す過程で、不備や矛盾が洗い出され改善されるケースもあります。

結果として当局に提出される資料の信頼性が増し、審査も適切に行われます。その延長線上で市販される医薬品は、より充分に評価・検証されたものとなり、消費者にとっても安心材料が増えると言えるでしょう。

さらに、長期的にはACTDをきっかけにASEAN域内で電子申請(eCTD)の導入が進むことも期待されています。電子申請が実現すれば紙書類の送付ミスや紛失といったリスクが減り、当局と申請者のやり取りも円滑になります。

これは審査結果(承認可否)の迅速なフィードバックにつながり、市場への医薬品供給をタイムリーに行う助けとなります。ひいては患者が必要とする薬を必要なときに入手できる環境づくりに資するでしょう。

総じて、ACTDは一般消費者に直接見えない部分の取り組みではありますが、その効果は新薬アクセスの改善医薬品の信頼性向上という形で着実に消費者の利益に結び付いています。

関連する国際機関や規制当局

ACTDはASEAN(東南アジア諸国連合)の枠組みで策定されたものです。中心となったのはASEANの医薬品規制調和作業部会で、加盟各国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア)の規制当局代表が参画しました。

ACTDガイドライン自体はASEANの公式文書として各国保健当局により採択され、現在では各国の薬事規制の一部として運用されています。例えばマレーシアのNPRA(国立医薬品規制庁)やタイのFDA、インドネシアのBPOMなどが国内指令を出してACTD準拠の申請を義務付けています。

国際的な関連としては、ACTDはICH CTD(国際的コモンテクニカルドキュメント)との整合性が高い点が挙げられます。ICH(医薬品規制調和国際会議)は日米欧の協議体ですが、その成果物であるCTDは現在世界中で使われています。

ACTDもCTDをベースにしつつASEAN独自の事情を織り込んだものです。したがって、ICHやEU、アメリカの当局(FDA)とも共通点が多く、ASEAN域外への申請資料作成にも応用しやすいという利点があります。

実際、一部ASEAN加盟国は将来的にICHへの参加も視野に入れており、ACTD運用の経験がその布石となっています。

さらに、ACTDに関連してACTR(ASEAN Common Technical Requirements)という一連の技術要件ガイドラインも策定されています。ACTRは各パートの詳細な記載内容や基準を示す文書で、ICHガイドラインを参考にASEAN向けに作られました。

例えば安定性試験ACTR、BA/BE試験ACTRなどです。これらはASEAN版ICHガイドラインとも言えるもので、ASEAN規制調和のもう一つの柱となっています。

各国当局はACTDとACTRをセットで参照しながら審査を行い、加盟国間の基準のブレを減らす努力をしています。

総じて、ACTDはASEAN域内の取り組みですが、その背後にはICHやWHOといった国際組織の知見が活かされ、域内外の規制当局が相互に情報交換する契機にもなっています。

医薬品規制はグローバルな連携が欠かせない分野であり、ASEAN ACTDはその一翼を担う地域主導の成功例といえるでしょう。